Short Story by Music
あの曲が小説になったら・・・
三日月
小説【三日月】 (参考楽曲 by 絢香)
三回のメール。一本の電話。彼の名前を携帯のディスプレイに見たのは、四回。そして今、彼の声を聞いている。
「今、仕事終わった」
時計はもうじき夜中の三時を回ろうとしていた。この連休、今頃はすぐ横でぬくもりを感じながら聞けたはずの声は、そう感じさせないようにしてるんだろうけど、疲れてることが伝わってくる。
「お疲れ様。大変だったね」
「ん・・・まぁ、ちょっとな」
今日の昼過ぎの飛行機に乗るはずだったのに、午前中に会社の同じ部署の人間が海外出張先で交通事故に合い、その対応での休日出勤。転職したばかりの彼がそれを無下にすることなんて出来るはずもなく、結果・・・・・・だいぶ前から楽しみにしてた企画はお流れになった。
「結局、課長が代理で現地入りすることになって、代休取るの難しくなった」
9月の三週目、土日と火曜が祝休日で、月曜日に代休を取る予定だったから、今日がダメでも明日にはこっちに来れると言ってたことを、無理しないでと口で言いつつ、どれだけ楽しみにしてたか、いざ企画が流れるとなって気づかされていた。
「ごめん、行けなくなって」
「ううん、仕方ないよ、仕事だし、がっかりしてたら、なんか不謹慎だよ」
落ち込んだ声に向かって、明るく言い返すと、電話の向こうで彼はため息をついた。
「台風で飛行機飛ばなかったら、まだ諦めもつくんだけど、思いっきり飛んでったし。俺も飛んで行きたかった」
彼の後ろで、トラックか何かが走る音が聞こえる。会社の外に出たばかりなんだろう。
「そっちの天気はどう?」
「うん、今は曇ってるけど、ちょっとだけ月が見える」
私も部屋の窓を開けてベランダに出ると、空を見上げた。
「こっちも月見えるよ。薄っすら雲がかかってるけど」
「同じ月見れるのに、嘘みたいに遠いな」
その通りだと思った。本当ならばすぐ隣にいたはずだったのに、いくら手を伸ばしても触れられない。
会いたかった。
そう口に出してしまいそうになったのを、ぐっと飲み込んだ。
「あーあ。今夜は寝かさない予定だったのに。明日は一緒に泳ぎに行ってさ、なんかうまいもんでも食ってって、いっぱいイチャイチャしたかったのに」
「仕方ないよ」
「俺がどんだけ会いたかったかわかってる?」
「あんまりそういうこと言わないでよ。私だって・・・」
残念だし、寂しいし、会いたくて会いたくて、それこそ泣きそうなくらい。
「・・・ごめん。余計寂しくなるな」
「ほんとだよ」
少し膨れて言うと、彼はもう一度「ごめん」と謝った。
「そんなに謝らないでいいよ。また来月楽しみにしてるから」
「遠いなぁー」
彼のため息につられて、私までため息を漏らしていた。
会えると思ってた分、会いたさが募って胸をシクシクとさせる。
「ねぇ、一回だけ、言ってもいい?」
「なに?」
「すっごく会いたい」
電話の向こうで、彼がとびきり深く息を吸う気配がした。
「バカ、俺の方が会いたいよ」
その言葉に胸が熱くなって、一瞬で涙が沸いてきて、私は思わず奥歯を噛み締めていた。
「・・・やっぱ、言わなきゃよかった」
「ほんとだよ。どうしてくれんだよ、今夜寝れなかったら」
「ごめん」
「本気にするなよ。ほんと、俺も会いたいよ。会いたいけど、会いに行けないから余計しんどい。今夜もIKEAで買った抱き枕抱いて寝んの、お前の代わりに」
「はは、何気に活用してるんだね」
「俺がいないと、手足冷たくない?大丈夫?」
「こないだいっぱいぎゅってしてもらった分で頑張ってる」
「可愛いこと言う様になったな、お前も。ありがとな」
「今度会ったら、次の日仕事でも寝かさないからね」
私の偉そうな言葉に、電話口で彼が笑った。そして優しい声で言った。
「愛してるよ」
月夜を見上げていた私の目尻から、とうとう涙が流れた。
「私も、愛してるよ」
沈黙が、まるで二人が抱き合っている間のようだった。
ここに彼はいないのに、同じ月を見て、電話を通して繋がってることでかろうじて彼を感じようとしている。ぬくもりを、こんなにも欲していながら。
「・・・泣くなよ」
「泣いてないよ」
涙を拭いながら、声を張った。
「私も、頑張るから」
「うん」
「俺も頑張るよ。次に会える時まで、蓄えとくから覚悟しとけよ」
こうやって彼は私を笑わせようとする。だから私も彼を笑わせたいと思う。
「そっちも覚悟しといてね」
「お、言ったな!悪いけど『もうやめて』って言われても聞かないからな」
会えない分まで、ぬくもりを貯めることができないことが歯痒く思えることがある。
何度も交わって肌に記憶させたはずのぬくもりを、うまく思い出すことができないのは、なぜだろう。
「体力温存しとく」
「しとけよ」
「うん」
「もう泣くなよ?」
「泣かないよ」
「来月会えた時に喜んで泣くなら、泣いてもいいよ」
「大丈夫!私、結構たくましいんだから」
彼が見てるのと同じ月を見上げている。
彼の『愛してる』が、自分の強がる言葉が、リアルになって私を勇気付ける。
だから、もう泣かない。
私と同じだけの気持ちを持っている人が頑張っているように、私も頑張れるから。
次に強く抱きしめられる時まで。
The End of "三日月"***
三回のメール。一本の電話。彼の名前を携帯のディスプレイに見たのは、四回。そして今、彼の声を聞いている。
「今、仕事終わった」
時計はもうじき夜中の三時を回ろうとしていた。この連休、今頃はすぐ横でぬくもりを感じながら聞けたはずの声は、そう感じさせないようにしてるんだろうけど、疲れてることが伝わってくる。
「お疲れ様。大変だったね」
「ん・・・まぁ、ちょっとな」
今日の昼過ぎの飛行機に乗るはずだったのに、午前中に会社の同じ部署の人間が海外出張先で交通事故に合い、その対応での休日出勤。転職したばかりの彼がそれを無下にすることなんて出来るはずもなく、結果・・・・・・だいぶ前から楽しみにしてた企画はお流れになった。
「結局、課長が代理で現地入りすることになって、代休取るの難しくなった」
9月の三週目、土日と火曜が祝休日で、月曜日に代休を取る予定だったから、今日がダメでも明日にはこっちに来れると言ってたことを、無理しないでと口で言いつつ、どれだけ楽しみにしてたか、いざ企画が流れるとなって気づかされていた。
「ごめん、行けなくなって」
「ううん、仕方ないよ、仕事だし、がっかりしてたら、なんか不謹慎だよ」
落ち込んだ声に向かって、明るく言い返すと、電話の向こうで彼はため息をついた。
「台風で飛行機飛ばなかったら、まだ諦めもつくんだけど、思いっきり飛んでったし。俺も飛んで行きたかった」
彼の後ろで、トラックか何かが走る音が聞こえる。会社の外に出たばかりなんだろう。
「そっちの天気はどう?」
「うん、今は曇ってるけど、ちょっとだけ月が見える」
私も部屋の窓を開けてベランダに出ると、空を見上げた。
「こっちも月見えるよ。薄っすら雲がかかってるけど」
「同じ月見れるのに、嘘みたいに遠いな」
その通りだと思った。本当ならばすぐ隣にいたはずだったのに、いくら手を伸ばしても触れられない。
会いたかった。
そう口に出してしまいそうになったのを、ぐっと飲み込んだ。
「あーあ。今夜は寝かさない予定だったのに。明日は一緒に泳ぎに行ってさ、なんかうまいもんでも食ってって、いっぱいイチャイチャしたかったのに」
「仕方ないよ」
「俺がどんだけ会いたかったかわかってる?」
「あんまりそういうこと言わないでよ。私だって・・・」
残念だし、寂しいし、会いたくて会いたくて、それこそ泣きそうなくらい。
「・・・ごめん。余計寂しくなるな」
「ほんとだよ」
少し膨れて言うと、彼はもう一度「ごめん」と謝った。
「そんなに謝らないでいいよ。また来月楽しみにしてるから」
「遠いなぁー」
彼のため息につられて、私までため息を漏らしていた。
会えると思ってた分、会いたさが募って胸をシクシクとさせる。
「ねぇ、一回だけ、言ってもいい?」
「なに?」
「すっごく会いたい」
電話の向こうで、彼がとびきり深く息を吸う気配がした。
「バカ、俺の方が会いたいよ」
その言葉に胸が熱くなって、一瞬で涙が沸いてきて、私は思わず奥歯を噛み締めていた。
「・・・やっぱ、言わなきゃよかった」
「ほんとだよ。どうしてくれんだよ、今夜寝れなかったら」
「ごめん」
「本気にするなよ。ほんと、俺も会いたいよ。会いたいけど、会いに行けないから余計しんどい。今夜もIKEAで買った抱き枕抱いて寝んの、お前の代わりに」
「はは、何気に活用してるんだね」
「俺がいないと、手足冷たくない?大丈夫?」
「こないだいっぱいぎゅってしてもらった分で頑張ってる」
「可愛いこと言う様になったな、お前も。ありがとな」
「今度会ったら、次の日仕事でも寝かさないからね」
私の偉そうな言葉に、電話口で彼が笑った。そして優しい声で言った。
「愛してるよ」
月夜を見上げていた私の目尻から、とうとう涙が流れた。
「私も、愛してるよ」
沈黙が、まるで二人が抱き合っている間のようだった。
ここに彼はいないのに、同じ月を見て、電話を通して繋がってることでかろうじて彼を感じようとしている。ぬくもりを、こんなにも欲していながら。
「・・・泣くなよ」
「泣いてないよ」
涙を拭いながら、声を張った。
「私も、頑張るから」
「うん」
「俺も頑張るよ。次に会える時まで、蓄えとくから覚悟しとけよ」
こうやって彼は私を笑わせようとする。だから私も彼を笑わせたいと思う。
「そっちも覚悟しといてね」
「お、言ったな!悪いけど『もうやめて』って言われても聞かないからな」
会えない分まで、ぬくもりを貯めることができないことが歯痒く思えることがある。
何度も交わって肌に記憶させたはずのぬくもりを、うまく思い出すことができないのは、なぜだろう。
「体力温存しとく」
「しとけよ」
「うん」
「もう泣くなよ?」
「泣かないよ」
「来月会えた時に喜んで泣くなら、泣いてもいいよ」
「大丈夫!私、結構たくましいんだから」
彼が見てるのと同じ月を見上げている。
彼の『愛してる』が、自分の強がる言葉が、リアルになって私を勇気付ける。
だから、もう泣かない。
私と同じだけの気持ちを持っている人が頑張っているように、私も頑張れるから。
次に強く抱きしめられる時まで。
The End of "三日月"***
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