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Short Story by Music

あの曲が小説になったら・・・

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タイムマシーン

タイムマシーン (楽曲 by Chara)

*********

「お先に失礼します」という声に、今夜だけで何度「お疲れさまでした」と言っただろう。
ふと顔をあげると、がらんと静まり返ったオフィス。
キーボードを打つ手を止めたら、「静」に飲み込まれそうになる。

この瞬間、私は無になる。
そして無になったところに、思い出したくないことが生まれて広がってゆく。

これが、最近の帰り支度をはじめる合図だ。


夜道を駅まで歩く時、私は空を見上げる。
街のネオンで星は見えないけど、時々、ひょっとしたら私にしか見えない星があるかもと
立ち止まって360度ぐるりと見渡すこともある。
だけど、きまって見つけられたためしがない。

ため息なんて出ない。わかってることだから。


最近、電車に乗って、窓に映る自分の顔を凝視できない。
目の下にできたクマとか、落ちかけたマスカラとか、色味のないカサカサの唇。
文字通り、なりふり構わず仕事して疲れきってます!って現実を目の当たりにするから。

世間では、私のような女を「乾いてる」っていうのかもな。
潤いを欲してるのに、水場をうまく見つけられないで自ら砂漠をさまよってる。
そのうち陽炎の向こうにオアシスでも見えるのを期待してるのかな。

透明の澄み切った水を差し出されたとしても、蓋を開けたら海水だったりするかもだし。
こないだのコンパで会った男はきっとそんな感じかな。
「かわらない愛」なんていうのは簡単。だけど、同じことを他の女にも言ってきたんでしょ。
もうちょっと若かったら騙されてたのかな、っていうか、騙されたこともあったな。

あの頃の私、ピュアだったなぁ。
何も疑わず、まっすぐで、可愛らしかった。
「甘え上手」なんて言葉を知らないくらい、自然に甘えることができてた。

    あ。油断したら、元カレのことを思い出してしまった。

別れ際は最悪だったけど、仲良く付き合ってた頃は楽しかったな。
またあんな風に、何も考えずにイチャイチャしたら癒されるだろうなぁ。
泣きたい夜には頭を撫でてもらって、包み込まれるようにして温々と眠る。

あの瞬間に戻れたら。
ただ、抱き合って眠った幸せしかなかったあの瞬間―――

―――寄りかかっていた電車の扉が開いて我に返った。

あぁ、なにやってんだ、私。
何食わぬ顔をして電車を降りて、たぶん無表情な顔で駅の改札を通り抜けたと思う。
どんな妄想してたとか、誰が気にするわけでもないけれど、万が一にでも悟られてはいけない。

そのまま駅を出ると、家までの道の途中にある公園へ立ち寄った。
実家の親と顔を合わす前に、一人になりたかったから。

人気のない小さな公園のブランコに腰をかける。
中学生の頃、初めてキスした場所。
人とくっついて触れ合うことの気持ちよさを知ったのはその頃だったな。

やっぱり戻るなら、中学生か。
いや、高校の時の彼との方がラブラブだったかな。

また妄想に入りそうになった私を、どこからともなく聞こえてきた女のヒステリックな声が引き戻した。

「もうマジでサイアク!」
「ほんと、あのオトコ、サイッテーだよ!」
「マジむかつく!」
「別れて正解だよ!」

声だけで状況がわかる。
だけど、もうちょっと大切にして頑張ればいいのに。
もうちょっと愛してあげたら、彼もあなたのこと愛してくれるかもしれないじゃん。

他人ごとだから、勝手に恋愛カウンセラーになってみた、みたいな。

また静かになった公園に、ブランコを漕ぐきしんだ音だけが響いた。
一回漕ぐごとに、過去に戻ってゆくタイムマシーンだったらいいのに。
どこまで遡って、いつに戻ろうかな。

傍から見たら、こんな時間に女が一人でブランコ漕いでたら、怖いよな。
けど、モノ好きな人が手を差し伸べてくれたりしないかなぁ。

ため息をつきそうになった瞬間、またさっきの女らしき声が聞こえてきた。
どんどん大きくなる。
どうやら公園に入ってくるらしい。
慌ててブランコをとめて、目立たないベンチに隠れるように座った。

「てゆーか、彼氏と別れたばっかだから!」
「俺が慰めてあげるよ」

さっきの女、どうやらナンパされた男と一緒のようだ。

「慰めるって一晩だけでしょ?」
「一晩から何か始まるかもしれないじゃん?」
「何が始まるの?」
「愛が始まっちゃうかもしれないじゃん?」
「えー、っていうか、こんなナンパに愛なんてないっしょ」
「あるって」
「ないって!」
「俺にはある!」
「明日にはなくなる愛ならいらないもん!」
「なんで?続くかもしれないじゃん?ていうか、キミには愛はないわけ?」
「そんな簡単に愛なんてあげないもん」

一晩だけでも、いいんじゃない?
そこから始まる愛もあるかもしれないよ?

また勝手に恋愛カウンセラーがぼやいてる。
なくした愛の片割れは、そこにあるのかもしれないよ。

「キミの愛ってなんなの?もらうばっかりで、愛されないと愛してあげないっていうの?」

男が言った。

そんなこと言わないであげてよ。
その子はね、傷つきたくないだけなんだよ。

思わず声にして言いたくなるのをぐっと抑えて、次の男の言葉を聞いた。

「愛することを出し惜しみしてたら、誰からも愛されねーよ」

出し惜しみ? ああ、そうかも。
妙に腹オチしてしまった。

過去には戻れない。
愛されたければ、愛さなければ。

わかってるよ。
わかってるんだけどさ。

わかってるの。
どうしたらいいか、わかってるんだけどね・・・

空を見上げても、相変わらず星は見えない。
小さくため息をついてうつむいたら、ガラスの欠片が落ちていた。
それをつまみ上げたら、少し離れたところにもうひとつ見つけた。

割れたガラスの欠片がふたつ。
鋭利な断面を合わせたらぴったり繋がって、まあるいビー玉になった。

街灯の明かりにすかしてみたら、キラキラと光って綺麗だった。

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