Short Story by Music
あの曲が小説になったら・・・
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BJ
【小説】BJ (楽曲 by 関ジャニ∞)
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混み合った快速電車の中。外で散々降った雨のじめっとした匂いに混ざって、タバコとかアルコールとか蒸された人の体臭とかが俺の鼻腔をついてく る。今日は金曜だから、その匂いは特に強くなってて、大学時代のバンドサークルの仲間と飲んできた俺からももれなく同じ匂いがしてるんだろう。
一日二回はこうして電車に乗るから、目を閉じて埋もれてしまわないように、次の駅で開くドアの前で外の景色を眺めるのが日課になっている。
電車を降りる頃にはスーツが皺々になって、部屋で待ってる彼女は文句を言いながらもきっとアイロンをかけてくれるだろう。就職してすぐに付き合い始めてから5年、ずっとそうだったから今日に限って違うわけがない。
彼女のことを考えたら、明日は午前中から結婚式で着る貸し衣装の試着だと思い出して、少しだけ気が重くなった。別に結婚したくないわけじゃない、ただ決まりごとが面倒なだけで、いざとなったらなんだかんだ彼女のドレス姿が綺麗で満足するんだろう。
来月、俺より一足早く結婚するカップルは新郎新婦共にサークル仲間だから、今日飲んだやつらと結婚式の余興で久々にバンドをやろうかって話になったけど、あの頃は本気でプロになる気でやってたなんてまるでなかったことみたいだった。
そりゃそうだ。
熱くなってた時は周りが見えなかったけど、3年生の後半には就職活動で一人抜け、二人抜け、いつの間にかプロになるなんて言ってるやつは一人も いなくなって、顔を合わせてもどこの企業に内定もらったとか、そんなのが当たり前になって、今じゃすっかりサラリーマンが板についたオヤジになってしまっ た。もちろん俺もその中の一人だけど。
思い返せば俺は大学4年間ずっとサークル仲間だった彼女のことが好きだったのに……あの二人も結婚か。俺が先に告白してたら何か変わってたのかなぁとぼんやり考えていたら、車外にライトに照らされた葬儀屋の屋外看板が目に飛び込んできた。
あんなに好きで他に誰も好きになれないと思いさえしたのに、俺は違う人を好きになって結婚までしようとしている。死ぬまでの永遠の愛を誓うのが 結婚という儀式で、もちろんする前から離婚するとは思ってないけど、自分の統計からこの先別の人に気持ちが傾く可能性を否定できないんだという事実に愕然 とした。
そういえばバンドをやってた頃は、サラリーマンになるなんて思いもしなかった。夢から目を逸らした俺は自分自身を裏切ったとさえ思えてものすご く悩んだ……そんな記憶も若さだと微笑ましく振り返れるのは、今の自分に特に大きな不満もないからだけど、本当にこれでよかったのかなんていつになっても わからない。
去年彼女にプロポーズした時も幸せはこういうものかと思った反面、同じことを考えた気がする。きっと葬儀屋に世話になる頃には答えが出るのかもしれないけど。
窓に映る俺の顔には特に表情がなくて、それは同じ車両に揺られる他の誰とも大差が無い。
何にも考えてないように見えて、みんな案外いろいろ考えたりしてるのかもしれない。
自分の過去を振り返り、まだ見ぬ未来に思いを馳せて、呼吸をするのが当たり前のように生きていて。
車内放送が次の駅につくと告げると、同じタイミングで胸ポケットの携帯電話が震えた。狭いスペースで顔の目の前で開くと、彼女が駅まで迎えに来てるとのメールだった。
今日は一回目のブライダルエステだったはずだ。綺麗になった姿を早く見せたかったというのかもしれない。駅で待つ彼女の顔を想像したら自然と頬が緩んだから、窓に映る自分の姿から目を逸らしていた。
人間はどこまでも貪欲で、わがままで、ないものねだりをするように出来てるんだ。これ以上ない幸せに包まれてる今でさえ、形のない何かを求めてしまうから。
電車が停止し、ドアが開いた。俺は後ろから押し出されるよりも早く飛び出すと、どうせすぐに会えるのに、もっと早く会いたくてホームの階段を駆け下りていた。
***THE END****
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混み合った快速電車の中。外で散々降った雨のじめっとした匂いに混ざって、タバコとかアルコールとか蒸された人の体臭とかが俺の鼻腔をついてく る。今日は金曜だから、その匂いは特に強くなってて、大学時代のバンドサークルの仲間と飲んできた俺からももれなく同じ匂いがしてるんだろう。
一日二回はこうして電車に乗るから、目を閉じて埋もれてしまわないように、次の駅で開くドアの前で外の景色を眺めるのが日課になっている。
電車を降りる頃にはスーツが皺々になって、部屋で待ってる彼女は文句を言いながらもきっとアイロンをかけてくれるだろう。就職してすぐに付き合い始めてから5年、ずっとそうだったから今日に限って違うわけがない。
彼女のことを考えたら、明日は午前中から結婚式で着る貸し衣装の試着だと思い出して、少しだけ気が重くなった。別に結婚したくないわけじゃない、ただ決まりごとが面倒なだけで、いざとなったらなんだかんだ彼女のドレス姿が綺麗で満足するんだろう。
来月、俺より一足早く結婚するカップルは新郎新婦共にサークル仲間だから、今日飲んだやつらと結婚式の余興で久々にバンドをやろうかって話になったけど、あの頃は本気でプロになる気でやってたなんてまるでなかったことみたいだった。
そりゃそうだ。
熱くなってた時は周りが見えなかったけど、3年生の後半には就職活動で一人抜け、二人抜け、いつの間にかプロになるなんて言ってるやつは一人も いなくなって、顔を合わせてもどこの企業に内定もらったとか、そんなのが当たり前になって、今じゃすっかりサラリーマンが板についたオヤジになってしまっ た。もちろん俺もその中の一人だけど。
思い返せば俺は大学4年間ずっとサークル仲間だった彼女のことが好きだったのに……あの二人も結婚か。俺が先に告白してたら何か変わってたのかなぁとぼんやり考えていたら、車外にライトに照らされた葬儀屋の屋外看板が目に飛び込んできた。
あんなに好きで他に誰も好きになれないと思いさえしたのに、俺は違う人を好きになって結婚までしようとしている。死ぬまでの永遠の愛を誓うのが 結婚という儀式で、もちろんする前から離婚するとは思ってないけど、自分の統計からこの先別の人に気持ちが傾く可能性を否定できないんだという事実に愕然 とした。
そういえばバンドをやってた頃は、サラリーマンになるなんて思いもしなかった。夢から目を逸らした俺は自分自身を裏切ったとさえ思えてものすご く悩んだ……そんな記憶も若さだと微笑ましく振り返れるのは、今の自分に特に大きな不満もないからだけど、本当にこれでよかったのかなんていつになっても わからない。
去年彼女にプロポーズした時も幸せはこういうものかと思った反面、同じことを考えた気がする。きっと葬儀屋に世話になる頃には答えが出るのかもしれないけど。
窓に映る俺の顔には特に表情がなくて、それは同じ車両に揺られる他の誰とも大差が無い。
何にも考えてないように見えて、みんな案外いろいろ考えたりしてるのかもしれない。
自分の過去を振り返り、まだ見ぬ未来に思いを馳せて、呼吸をするのが当たり前のように生きていて。
車内放送が次の駅につくと告げると、同じタイミングで胸ポケットの携帯電話が震えた。狭いスペースで顔の目の前で開くと、彼女が駅まで迎えに来てるとのメールだった。
今日は一回目のブライダルエステだったはずだ。綺麗になった姿を早く見せたかったというのかもしれない。駅で待つ彼女の顔を想像したら自然と頬が緩んだから、窓に映る自分の姿から目を逸らしていた。
人間はどこまでも貪欲で、わがままで、ないものねだりをするように出来てるんだ。これ以上ない幸せに包まれてる今でさえ、形のない何かを求めてしまうから。
電車が停止し、ドアが開いた。俺は後ろから押し出されるよりも早く飛び出すと、どうせすぐに会えるのに、もっと早く会いたくてホームの階段を駆け下りていた。
***THE END****
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