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Short Story by Music

あの曲が小説になったら・・・

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花火

花火 (楽曲 by aiko)

*********

ちょっと油断すると、ほら、まただ。
先月みんなで行った多摩川でのバーベキューの時のこと思い出してる。

焼き担当の私が一人で汗ダクになってたのに気づいて、自分の首にかけてたタオルを貸してくれたよね。
「ちょっと汗くさいけど」って言ってたけど、頭の中ではドドーンッて花火が打ち上がってた。
キミの汗の匂いにどれだけ興奮してるかを隠す方に必死だったよ。

あのタオル、洗って返すって約束したけど、実はジップロックに入れて保管してると知ったら、ドン引きするかな。
・・・間違いなく、引くよなぁ。

こんなことを考えながら、眠りの渦に巻き込まれてく。

キミを好きになってから、毎日がこんな感じだった。




月曜の朝、現実が私を待っていた。
いつもの時間より1時間早く会社へ行って、それよりもっと早く出勤してるキミのデスクに顔を出す。
カタカタ、彼がPCに向かっている音が誰もいない静かなオフィスに響いてる。
胸が痛んで、なかなか声がかけられないのは、今朝まで見てた夢のせいかな。



  キミはあのバーベキューの後、私を部屋へ誘ったんだよ。
  散らかった部屋は女の痕跡がまるでなくて、THE男の一人暮らしだった。

  「片付けベタだから、二人で広い部屋へ引っ越そう」
  キミはそう言って私をぎゅっと抱きしめたの。



・・・・・・なんて虚しいんだろ。

キミと会えるのも最後かもしれないのに、これから先一緒に住む夢で目覚めるなんて。
やめちゃえばいいのに。
いっぱい泣いた涙で、胸の中にくすぶってる火を消したつもりになったことも何度もあったというのに、なんで私はまたキミに会うために早起きなんてしちゃってんだろう。


「あれ?お前、どうしたんだよ、こんな朝早く」

キミが突然振り返ってそう言った。
ドキッとした。
無人のオフィスで私にだけに向けられた親しみのある笑顔が眩しくて。

「あー、うん、ちょっと早く起きちゃったから、覗きにきた、わけ」

最終日だしさ、と付け加えると、「さすが同期だな」とキミは嬉しそうに笑った。

「同期の中でもお前は特別だな。一番友達甲斐があるやつだ」
「ふふ、でしょ?大事にしてよ~」
「帰ってきたら、真っ先に連絡するよ」

こういうところが思わせぶりなんだよ。
私を勘違いさせて、有頂天にさせて。

あの言葉を、何度言いかけたかわからない。
・・・つまり、一度も言えなかったわけだけど。

勝手に深読みしたり、裏があるんじゃないかって疑ったり。
妄想が妄想を呼んで、気づいたら自分の感情に振り回されてクタクタ。

友達なんて好きになるもんじゃない。
普通の恋愛しようと思って、合コン行ったりもしたっけ。

そのたび、絶妙なタイミングで連絡が入ったりするんだ、キミから。


いつまでたっても消えてくれないキミの存在。
増えていくばかりのキミとの思い出。
深まる友情。
高まる気持ち。
誰より近くて、誰より遠い。

「今日、何時の飛行機だっけ?」
「16時。昼までに簡単に挨拶回りして、空港直行するわ」
「荷物は全部送ったの?」
「送ったよ、知ってるだろ?引っ越しの梱包手伝ってくれたんだから」

そうだ。
大学時代から10年も住み続けたというキミの1Kのマンション、前の彼女の忘れ物をゴミ袋いっぱいにして捨ててやったんだった。
それと一緒に「これは捨てないで」と言われたのに、こっそり捨ててしまった彼女との幸せそうな写真。

先に転勤先に送った箱の中には、いくら探しても出てこないんだよ。
キミが今でも大好きな元カノの写真。

「そっか。そうだったよね」
「相変わらず忘れっぽいなぁ。俺がいなくなって大丈夫かよ?」
「大丈夫かって、、、」

大丈夫じゃない。
全然大丈夫じゃないよ。

顔が、耳がかぁっと熱くなって、思わずぎゅっと拳を握りしめてうつむいた。
あの言葉がぐぐっと上がってきて、喉まで出かかってる。

  ダメもとで言ってしまおうか。
  明日はもう、キミはここにいないから、気まずさは回避できるし。
  ちょっと距離をおけば、何事もなかったように元に戻れるかもしれない。

  コラコラ、冷静にならなきゃ。
  言ったところでどうにもならないってわかってるでしょ。
  傷つくだけだよ。

私の中で天使と悪魔が口論してる。
どっちが天使でどっちが悪魔か、もはやよくわからないけど。


「なんだよ、泣いてんのか?」
「え?」

慌てて頬に手をやると一筋の涙が落ちるのに触れた。

「やだ、ごめん」

それをさっと拭うのと、キミが席を立ってこっちへくるのは同時だった。
目の前に立ったキミ。
うつむいてキミの足元を見てるだけの私。

「一生の別れじゃあるまいし、お前、こんなに泣き虫だったかぁ?」

頭をポンポンとされて、顔をあげた。

特大の打ち上げ花火みたいだよ、至近距離でのキミの笑顔。
花火が弾ける時の振動みたいに、胸がドクン、ドクンと波を打つ。

好き。
大好き。


私の気持ちが離れることでどう変化するか、流れに任せてみればいい。
どうせ簡単に消えない、消せないんだから。


この距離から近づけなくても、遠ざかることはないんだから。

拍手[3回]

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*********後記**********

初のリクエストが「花火」。
夏の終わりにはおあつらえ向きです。

あらためて聴き直したこの曲、『花火=恋心』なんですよね。

私の解釈は・・・

叶わぬ恋。
伝えたいけど伝えられない気持ち。
ひょっとしてと思う瞬間があっても、思わせぶりなだけ(もやのかかった・・・のくだり)と思って、
踏み出せない。

好きでいることに疲れて諦めたくなるけど(火を消してしまいたくなるけど)、
ちょっとしたことで恋の気持ちが盛り上がってしまう(花火が打ち上がる)。

花火を上から見下ろしてるのは、ちょっと冷静になってるもうひとりの自分なのかな。

何気なく聞いてたら気づかずにいたリリックマジックに触れる良い機会となりました。

ささーっと書いてしまったのが、ちょっともったいなかったかな。。。


タイムマシーン

タイムマシーン (楽曲 by Chara)

*********

「お先に失礼します」という声に、今夜だけで何度「お疲れさまでした」と言っただろう。
ふと顔をあげると、がらんと静まり返ったオフィス。
キーボードを打つ手を止めたら、「静」に飲み込まれそうになる。

この瞬間、私は無になる。
そして無になったところに、思い出したくないことが生まれて広がってゆく。

これが、最近の帰り支度をはじめる合図だ。


夜道を駅まで歩く時、私は空を見上げる。
街のネオンで星は見えないけど、時々、ひょっとしたら私にしか見えない星があるかもと
立ち止まって360度ぐるりと見渡すこともある。
だけど、きまって見つけられたためしがない。

ため息なんて出ない。わかってることだから。


最近、電車に乗って、窓に映る自分の顔を凝視できない。
目の下にできたクマとか、落ちかけたマスカラとか、色味のないカサカサの唇。
文字通り、なりふり構わず仕事して疲れきってます!って現実を目の当たりにするから。

世間では、私のような女を「乾いてる」っていうのかもな。
潤いを欲してるのに、水場をうまく見つけられないで自ら砂漠をさまよってる。
そのうち陽炎の向こうにオアシスでも見えるのを期待してるのかな。

透明の澄み切った水を差し出されたとしても、蓋を開けたら海水だったりするかもだし。
こないだのコンパで会った男はきっとそんな感じかな。
「かわらない愛」なんていうのは簡単。だけど、同じことを他の女にも言ってきたんでしょ。
もうちょっと若かったら騙されてたのかな、っていうか、騙されたこともあったな。

あの頃の私、ピュアだったなぁ。
何も疑わず、まっすぐで、可愛らしかった。
「甘え上手」なんて言葉を知らないくらい、自然に甘えることができてた。

    あ。油断したら、元カレのことを思い出してしまった。

別れ際は最悪だったけど、仲良く付き合ってた頃は楽しかったな。
またあんな風に、何も考えずにイチャイチャしたら癒されるだろうなぁ。
泣きたい夜には頭を撫でてもらって、包み込まれるようにして温々と眠る。

あの瞬間に戻れたら。
ただ、抱き合って眠った幸せしかなかったあの瞬間―――

―――寄りかかっていた電車の扉が開いて我に返った。

あぁ、なにやってんだ、私。
何食わぬ顔をして電車を降りて、たぶん無表情な顔で駅の改札を通り抜けたと思う。
どんな妄想してたとか、誰が気にするわけでもないけれど、万が一にでも悟られてはいけない。

そのまま駅を出ると、家までの道の途中にある公園へ立ち寄った。
実家の親と顔を合わす前に、一人になりたかったから。

人気のない小さな公園のブランコに腰をかける。
中学生の頃、初めてキスした場所。
人とくっついて触れ合うことの気持ちよさを知ったのはその頃だったな。

やっぱり戻るなら、中学生か。
いや、高校の時の彼との方がラブラブだったかな。

また妄想に入りそうになった私を、どこからともなく聞こえてきた女のヒステリックな声が引き戻した。

「もうマジでサイアク!」
「ほんと、あのオトコ、サイッテーだよ!」
「マジむかつく!」
「別れて正解だよ!」

声だけで状況がわかる。
だけど、もうちょっと大切にして頑張ればいいのに。
もうちょっと愛してあげたら、彼もあなたのこと愛してくれるかもしれないじゃん。

他人ごとだから、勝手に恋愛カウンセラーになってみた、みたいな。

また静かになった公園に、ブランコを漕ぐきしんだ音だけが響いた。
一回漕ぐごとに、過去に戻ってゆくタイムマシーンだったらいいのに。
どこまで遡って、いつに戻ろうかな。

傍から見たら、こんな時間に女が一人でブランコ漕いでたら、怖いよな。
けど、モノ好きな人が手を差し伸べてくれたりしないかなぁ。

ため息をつきそうになった瞬間、またさっきの女らしき声が聞こえてきた。
どんどん大きくなる。
どうやら公園に入ってくるらしい。
慌ててブランコをとめて、目立たないベンチに隠れるように座った。

「てゆーか、彼氏と別れたばっかだから!」
「俺が慰めてあげるよ」

さっきの女、どうやらナンパされた男と一緒のようだ。

「慰めるって一晩だけでしょ?」
「一晩から何か始まるかもしれないじゃん?」
「何が始まるの?」
「愛が始まっちゃうかもしれないじゃん?」
「えー、っていうか、こんなナンパに愛なんてないっしょ」
「あるって」
「ないって!」
「俺にはある!」
「明日にはなくなる愛ならいらないもん!」
「なんで?続くかもしれないじゃん?ていうか、キミには愛はないわけ?」
「そんな簡単に愛なんてあげないもん」

一晩だけでも、いいんじゃない?
そこから始まる愛もあるかもしれないよ?

また勝手に恋愛カウンセラーがぼやいてる。
なくした愛の片割れは、そこにあるのかもしれないよ。

「キミの愛ってなんなの?もらうばっかりで、愛されないと愛してあげないっていうの?」

男が言った。

そんなこと言わないであげてよ。
その子はね、傷つきたくないだけなんだよ。

思わず声にして言いたくなるのをぐっと抑えて、次の男の言葉を聞いた。

「愛することを出し惜しみしてたら、誰からも愛されねーよ」

出し惜しみ? ああ、そうかも。
妙に腹オチしてしまった。

過去には戻れない。
愛されたければ、愛さなければ。

わかってるよ。
わかってるんだけどさ。

わかってるの。
どうしたらいいか、わかってるんだけどね・・・

空を見上げても、相変わらず星は見えない。
小さくため息をついてうつむいたら、ガラスの欠片が落ちていた。
それをつまみ上げたら、少し離れたところにもうひとつ見つけた。

割れたガラスの欠片がふたつ。
鋭利な断面を合わせたらぴったり繋がって、まあるいビー玉になった。

街灯の明かりにすかしてみたら、キラキラと光って綺麗だった。

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3月9日

3月9日 - (楽曲 by レミオロメン)

********

 音楽室へ続く人気のない廊下で、頭の中に「?」を浮かべながら立ち止まった。
僕の少し後ろを歩いていた彼女に「止まって!」と言われたからだ。
振り返ろうとしたら、振り返らないで前を見てって、やっぱり「?」を浮かべながら前を見た。

そして、やっと気づいた。
僕は彼女に抱きしめられていた。

正確には、長く伸びた僕の影が、彼女の影に抱きしめられてるのだ。
いつの間にこんなに日が高くなったんだろう。

「わかりにくいです」
「そう?」
「どうせなら、生身の僕に抱きついてくださいよ」

それには答えず、彼女は小走りに僕の横を通って追い抜いたあと、振り返って「冗談よ」と人差し指を唇にあてた。

わかってる。
窓から見える枝ばかりの大木が桜色に染まる頃、それまでは教師と生徒だってこと。

僕より先を歩く彼女の影は、僕の影よりずっと背が高く見える。
足を早めて彼女に並ぶと、繋げない右手の代わりに、影の手をそっと重ねた。


卒業式で歌う曲の楽譜を運ぶのを名目に音楽室まできたのは、彼女のピアノを聴くためだ。
次に登校するのは卒業式だから、これが最後になる。

初めてまともに聴いたのは、陸上部の朝練の時、ちょうど2年前の今頃のことだ。
集合時間の2時間前、まだ薄暗くて霧深い早朝の校庭で、僕はやっきになって走り込みをしていて、勢い余って転んだ。別に怪我はしていなかった。だけど息を切らせて、涙まで浮かべながら、仰向けになって動けずにいた。
どれだけ走っても、誰よりも走ってるのに、タイムがあがらないことにジレンマを抱えていたんだ。

僕の息が落ち着いて、空が少しずつ白から青くなってきた時、ピアノの音に気づいた。
いつから鳴っていたのか、耳をその音に集中すると・・・・・聴いたことがある軽快なリズム、「ドンウォーリー、ビーハッピー」の歌詞だけ思い出す、洋楽の・・・あれは誰の曲だったっけ?

その日の放課後、ピアノの音が聞こえたから音楽室へ行った。あの曲の正体を知りたくて。
僕が入っていったのにも気づかずに楽しそうにピアノを弾く姿。
彼女の髪に窓からの木漏れ日が反射して、キラキラして綺麗だった。

「・・・先生」

あまりに気づかないから声をかけたら、彼女はものすごく驚いて肩をびくっとさせて僕を見た。
その顔を見て、今度は僕が驚く番だった。
教師なんて眼中になかったのに。これまでなんとも思ったことなかったのに。
胸の奥をぎゅっとつかまれて、しばらく口がきけなかった。

しどろもどろで、今朝弾いていた曲を聞くと、「Bobby McFerrin のDon't Worry Be Happy 」だよ、とCDを貸してくれた。

あの時は頭が真っ白になって、それから彼女の顔が頭から離れなくなった。

朝と放課後の誰もいない時間、僕が唯一彼女と話すことを許される場所。
二人の他に誰もいないこの音楽室、僕が恋に落ちた舞台だ。


古くて軋む板張りの床、ピアノに寄りかかって座った彼女の横に並んで座りと、窓からの西日に目を細めた。

「もう学校で会えなくなるんですね」
「そうだね。もう、会えなくなるんだね」
「一生会えなくなるみたいな言い方しないでください」

僕がむくれて言うと、彼女は何も言わずに笑った。

「そういうの、最近多くて不安になります」
「そういうのって?」
「そういう、大人が悟ってますって感じの、卒業したらさようならって空気」
「大学行ったら、きっと高校時代のことなんて懐かしい思い出になるだけ、忘れちゃうよ」
「それは・・・懐かしいって思うようになると思いますけど」
「だから今から慣れておかないとなーって思って」

僕は隣の彼女の横顔を凝視してるのに、彼女の目はどこを見てるんだろう。

「それって、いなくなったら寂しいってことですか?」
「そりゃ寂しいわよ。こんなに慕ってくれるかわいい教え子がいなくなるんだもん」
「教え子って、わかっててそんなこと言ってるなら、ひどい悪女ですね。悲しくなってきました」

これは本音だ。
最近の僕は、卒業が近いせいか、言葉に遠慮や加減ができなくなってる。

彼女の視線がゆっくりと僕に戻ってきた。

「ほんとだ。泣きそうな顔してる」

細くて長い指が僕の頬に触れた。
優しくて、だけどどこか儚げで、僕の心をかき乱すように微笑む彼女が憎らしい。

「キス、してもいいですか」
「・・・・・いいよ」

彼女が静かに目を閉じた。

気づいてましたか?あなたに恋したあの日から、僕は一度も「先生」って呼んでないんです。
隣にいることだけで精一杯だったけど、それが当たり前のように心地よくなって、季節の移り変わりをここで二人で感じながら2年が経ったんです。
どんな悩みも、あなたの笑顔を見ていたら小さなことに思えました。
あなたのことを思えば、なんでも頑張れました。

初めて触れた柔らかい唇と、両手で包み込むように抱いた華奢な肩は、想像してたよりずっと小さくて、大人だと思っていた彼女が小さな女の子に思えた。

キスのあと、恥ずかしくなって顔も見ずに彼女をぎゅっと抱きしめた。
かつてない心臓の高鳴り、きっと聞こえていて後で笑われるかもしれない。

泣きたいくらい幸せだ。

「ずっと好きでした。これからも好きです。付き合ってください」
「遅いよ」

一瞬で頭から水をかけられた気分になって、思わず体を放して彼女の顔を凝視していた。
彼女は目をぱちくりとさせ、すぐにこんな僕を笑うように照れ笑いを浮かべた。

「なんて顔してるの、もう、ずっと待ってたって言ってるの!」

言葉が何も浮かばなかった。
ただ嬉しくて、嬉しくて、また彼女を強く抱きしめた。
この手に2年間の想いを込めて、ずっと触れたかった彼女の感触を、香りを脳に焼き付ける。
そして彼女との未来を思い描く。

「ここで桜、見れなくなるから、目黒川でも行きませんか?」
「いいけど、結構歩くよね?人も多いよ」
「はぐれないように手繋ぎますから」
「デートみたいだね」
「デートですよ」

彼女が小さく笑って、僕の背中を抱きしめた。

「あなたが好きな日向ぼっこもできるところ、探しときます」
「膝枕してくれる?」
「いいですよ。その代わり、その次は僕に膝枕してください。その次の次はまた僕が膝枕しますから」

西日がさらに傾いて、いつもは帰りを急かされているように感じた迫ってくる闇が、今日は二人を隠してくれるかのように感じた。

高かったハードルをやっと越えられた僕は、みんなよりひと足先に卒業した気分だった。

紡いでゆく未来。
この先も隣で、四季折々を感じながら。
愛しい人、ずっと傍にいて。

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BJ

【小説】BJ  (楽曲 by 関ジャニ∞)


***************

 混み合った快速電車の中。外で散々降った雨のじめっとした匂いに混ざって、タバコとかアルコールとか蒸された人の体臭とかが俺の鼻腔をついてく る。今日は金曜だから、その匂いは特に強くなってて、大学時代のバンドサークルの仲間と飲んできた俺からももれなく同じ匂いがしてるんだろう。

 一日二回はこうして電車に乗るから、目を閉じて埋もれてしまわないように、次の駅で開くドアの前で外の景色を眺めるのが日課になっている。

 電車を降りる頃にはスーツが皺々になって、部屋で待ってる彼女は文句を言いながらもきっとアイロンをかけてくれるだろう。就職してすぐに付き合い始めてから5年、ずっとそうだったから今日に限って違うわけがない。

 彼女のことを考えたら、明日は午前中から結婚式で着る貸し衣装の試着だと思い出して、少しだけ気が重くなった。別に結婚したくないわけじゃない、ただ決まりごとが面倒なだけで、いざとなったらなんだかんだ彼女のドレス姿が綺麗で満足するんだろう。

 来月、俺より一足早く結婚するカップルは新郎新婦共にサークル仲間だから、今日飲んだやつらと結婚式の余興で久々にバンドをやろうかって話になったけど、あの頃は本気でプロになる気でやってたなんてまるでなかったことみたいだった。

 そりゃそうだ。

 熱くなってた時は周りが見えなかったけど、3年生の後半には就職活動で一人抜け、二人抜け、いつの間にかプロになるなんて言ってるやつは一人も いなくなって、顔を合わせてもどこの企業に内定もらったとか、そんなのが当たり前になって、今じゃすっかりサラリーマンが板についたオヤジになってしまっ た。もちろん俺もその中の一人だけど。

 思い返せば俺は大学4年間ずっとサークル仲間だった彼女のことが好きだったのに……あの二人も結婚か。俺が先に告白してたら何か変わってたのかなぁとぼんやり考えていたら、車外にライトに照らされた葬儀屋の屋外看板が目に飛び込んできた。

 あんなに好きで他に誰も好きになれないと思いさえしたのに、俺は違う人を好きになって結婚までしようとしている。死ぬまでの永遠の愛を誓うのが 結婚という儀式で、もちろんする前から離婚するとは思ってないけど、自分の統計からこの先別の人に気持ちが傾く可能性を否定できないんだという事実に愕然 とした。

 そういえばバンドをやってた頃は、サラリーマンになるなんて思いもしなかった。夢から目を逸らした俺は自分自身を裏切ったとさえ思えてものすご く悩んだ……そんな記憶も若さだと微笑ましく振り返れるのは、今の自分に特に大きな不満もないからだけど、本当にこれでよかったのかなんていつになっても わからない。

 去年彼女にプロポーズした時も幸せはこういうものかと思った反面、同じことを考えた気がする。きっと葬儀屋に世話になる頃には答えが出るのかもしれないけど。

 窓に映る俺の顔には特に表情がなくて、それは同じ車両に揺られる他の誰とも大差が無い。

 何にも考えてないように見えて、みんな案外いろいろ考えたりしてるのかもしれない。

 自分の過去を振り返り、まだ見ぬ未来に思いを馳せて、呼吸をするのが当たり前のように生きていて。

 車内放送が次の駅につくと告げると、同じタイミングで胸ポケットの携帯電話が震えた。狭いスペースで顔の目の前で開くと、彼女が駅まで迎えに来てるとのメールだった。

 今日は一回目のブライダルエステだったはずだ。綺麗になった姿を早く見せたかったというのかもしれない。駅で待つ彼女の顔を想像したら自然と頬が緩んだから、窓に映る自分の姿から目を逸らしていた。

 人間はどこまでも貪欲で、わがままで、ないものねだりをするように出来てるんだ。これ以上ない幸せに包まれてる今でさえ、形のない何かを求めてしまうから。

 電車が停止し、ドアが開いた。俺は後ろから押し出されるよりも早く飛び出すと、どうせすぐに会えるのに、もっと早く会いたくてホームの階段を駆け下りていた。
 

     ***THE END****

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もしも

もしも  (楽曲 by wyolica)

***************

「やっぱりイチゴにしとけばよかったなぁ」
「なんだよ、お前。ずーっとハーゲンダッツのチョコアイス食べたいって言い続けてたから、わざわざ来たのに、ここまできてイチゴなわけ?」
 そう言われて唇を尖らせた私に、彼は少し呆れたようにため息をつくと、
「俺がイチゴにしといてよかったな」
「うんっ」
「その満面の笑み、わかりやすすぎるから」
 と言って、いとおしいものを見るように目を細め、私のほっぺたを摘まんだ。
「痛い、痛いってばぁ」
 優しく笑う彼は、なぜかそのまま手を離してくれない。
「痛いって、ほんとに痛いんだってば・・・」

―――そこでハッと目が覚めた。
 
 暗い部屋の中、私は見慣れた自分の部屋のベッドで横たわり、つねられていたはずの頬には、寝る間際まで読んでいた文庫本の角が当たっていた。
「夢か・・・」
 吐き出したため息が部屋の中に響いて、吸い込まれるように消えた。
 彼の夢を見たのは、久しぶりだ。再会の喜びで胸が甘く痛み、同時に胃のあたりが重くなっている。まだ彼が私の中に根強く残ってるのを、嫌と言うほど実感させられる、こんな時。
 楽しかった記憶の断片が、夢の中では見れるというのに、目覚めてる時に思い出すのは、最後のキスのことばかり。
 それまでと違って短く、愛情よりも情けを感じるようなキスは、気づかない振りしようにも女に生まれた宿命なのか、私の第六感が激しく点滅してしまい、それが顔と言葉に出てしまった。

「・・・何かあった?」
「え?」
 キスのすぐ後、私の肩に手を添えていた彼の目が動揺をあらわにした。
「何か隠しごととかない?」
 私の言い方は強くて、彼の逃げ場をなくしてしまったのかもしれないと今になって思う。もしもここで上手に気づかない振りが出来てたら、時間とともに彼の気も変わったかもしれないのに。
「俺・・・ごめん」
 目を伏せた彼の言葉に、理由を聞いてもいないのに傷ついて、同時になじりたくなるほどの激情が湧き上がってきて、私は彼のシャツの胸を掴んでいた。
「ごめんて何?どういうこと?」
「だから、っていうか、俺・・・」
「こっち見てよ、なに?なんなの?ねぇ、どうして目逸らすの?」
 この先を聞くのが怖かった。それでも聞かずにいられないのはなぜだったんだろう。
「俺、そのぉ、お前のこと、嫌いになったわけじゃないんだ。ただ、前とは違うんだ」
「・・・違うって」
 私と目を合わさぬまま、彼は小さく咳払いをした。
「ごめんな。前みたいに、好きだって気持ちが・・・今はなくなってる。本当にごめん・・・」
 その後のことは、あんまりはっきりとしてない。もしかして泣きわめいたかもしれないし、凍り付いて何も言えなかったのかもしれないし、いずれにせよ、彼の言葉を受け止めて、私たちはそれぞれの道へ一人で進むことになったことに変わりはない。

 もしも、女の第六感が、もっと早く働いていたら。
 もしも、彼にもっと優しくできてたら。
 もしも、私が甘えすぎずにいたら。
 もしも・・・・・・。
 思い返せばきりがないたくさんの「もしも」が、今でも私を悩ませて、何度も「ごめん」と口にした彼の辛そうな顔がフラッシュバックする。私がも う少し早く気づけてたなら、彼を追い込むこともなく幸せでいれたかもしれないのに・・・それさえも「もしも」のことでしかない。いっそのこと、他に好きな 人ができたと言ってくれたらよかったのに、いつでも正直だった彼は最後まで誠実で、それが余計に私を泣かせてしまう。

 大好きだったあの川沿いで見る夕日も、帰り道に見上げたおぼろ月夜も、彼が隣にいたから感動を分け合えたのに、一人でいると、その美しささえわからなくなりそうだ。
 繋いだ手が大きくて、いつも温かかったこと。笑うと目がなくなるところ。彼の為に生まれてきたと思えたことで、自分の存在への自信に繋がったこと。
 優しかった彼のすべてが今でも私を苦しめるけど、こんなに人を好きになれた自分を悔やんではいない。また誰かを好きになることをまだ想像すらできないけど、いつかそんな日が来ても、彼のくれたものを忘れずにいたいと思う。
 もしも、愛する誰かに出会える日がきたら。

拍手[1回]


大阪ロマネスク

【小説】大阪ロマネスク (楽曲 by 関ジャニ∞)

************************

ツレと別れて、大丸のとこから心斎橋駅の改札に向かう為に階段を下りた。毎日のように乗り込む御堂筋線には、こっから上りへ向かおうが、下ろうが、俺の胸をチクチクと締め付ける。

生まれも育ちも大阪やから出てこうとは思わへんけど、この街にはあいつとの思い出がありすぎる。
あいつは大学進学で大阪へ来ただけで、関西人やない。ずっとここにおると言葉から染まってく人をようさん見てきたけど、あいつはいつまでも変わら んかったな。せやからちょっとしたことで揉めると、言葉が乱暴やってよう言われた。その後の仲直りで「好きや」って言うても、それがどこまで伝わっとるん か不安になったくらいや。

2月に別れた時は、頭にきとったから携帯のメモリーも消してもうたけど、今はごっつい後悔しとる。けど、大学を卒業した今もまだ大阪におるなら、きっとどこかで会えると望みを捨て切れへんから、ついつい探してまうねん。二人で行ったとこに近づくと。

5分ちょっと揺られて乗り換えの梅田駅に着くと、JRに向かうあたりでまた苦しくなる。感情的になって全然知らん女の人の後姿に、走って追いかけて肩に手をかけてもうたことさえある。

梅田だけやない。さっきまでおった心斎橋でも、初めて出会うた御堂筋にあるOPAの前を通るだけで幻覚さえ見るし、戎橋では大たこ頬張っとった顔 を思い出すし、会社のある難波では、仕事の合間に用もないのに、あいつがお気に入りやったなんばパークスに足を向けるし、一人になりたくて大阪港へ行っ て、そこの観覧車に乗ってずーっとキスしとったこと思い出して泣いたこともあった。

なにしとんねん、俺。
なんぼ諦め悪い、女々しい未練たらたらな男やねん。
自分にツッコんでも、やっぱりあいつのことが忘れられへん。



桜が散り、緑の新芽が鮮やかになってきた4月の終わり。取引先のある西梅田へ書類を届けに行った時のことやった。御堂筋の交差点の向こう側にあいつによう似た姿を見かけて、胸がどくんと音を立てて気づいたら足が止まっとった。

「・・・まさか、な」

いちいち何でもあいつに結び付けようとしすぎや。自嘲的に微笑うと視線を逸らして、青になった信号を渡った。

  しっかり見て確認したらええやんか。

  見たら別人で失望すんのはお前やで。

心の中で二人の自分が葛藤しとって、思わず目を閉じたら思いっきりすれ違う人にぶつかってまう。

「ちょっとなにしてるの? 危ないじゃない」

聞こえた声にはっとして目を開けると、目の前にあいつがおった。

「ちゃんと目開けて歩かなきゃ、具合でも悪いの?」
「いや・・・」

何度も繰り返し思い出してた姿も、声も、瞬きしても消えへん。
別れた時と髪型の変わった、スーツ姿のあいつが俺を心配そうに見とる。
あんなに会いたかったのに、いざとなったら声も出えへん。周りの音も何もかもが綺麗になくなって、今の俺、お前しか見えてへん。

「あ、信号変わっちゃう。行かなきゃ。じゃあ気をつけてね!」

まるで何もなかったかのように明るい笑顔で髪を耳にかけると、あいつは手を振って反対側へ走って行ってもうた。
人ごみにまぎれて消えて行く。あの日のように。

「・・・待てやぁっ!」

裏返りそうになった俺の叫び声に、あいつは振り返った。
気づいたら交差点の中に立ち尽くしとった俺の周りには誰もおらんようなって車が走り出しとったけど、俺は睨みつけるようにあいつから目を逸らさんかった。

少し戸惑った顔。もうお前の中で俺は終わってるん?それとも・・・?
考えたところで堂々巡りや。そもそも思考が止まっとって、今はあいつを抱きしめたくて、もう離したくないって気持ちしかあらへんねん。
車が途切れた隙を見て、あいつに向かって全速力で走った。
目の前まで来ると邪魔な鞄を放り投げて、有無を言わせず自分の願望を実行した。
何度もその感触を確かめるように、髪に触れ、背骨を指でなぞって、自分の頬を擦りつけるように押し付けると、溢れてくる気持ちを言葉にした。

「好きや。お前が好きや」

小さな肩が、俺の腕の中で震えとる。

「好きやねん。ずっと会いたかってん」

俺の背中に細い腕の感触を感じた。

「私も、会いたかった」

その声でその言葉が聞けたことで、俺の胸が甘く痛み出した。
抱きしめた腕にもっと力を込めると、それに応えるように俺の背中も締め付けられた。

気づけば周りには好奇の目で見る人だかりができとったけど、そんなことでこいつを離されへん。やっと、やっと見つけられたんやから。

御堂筋には多くの人が行き交う。
きっと誰にもドラマがあるはずや。

俺らが出会い、別れ、また出会えたように。

拍手[1回]


Stereo

Stereo 楽曲 by 錦戸亮 
*****************************

お前がこの部屋にいることを現実だと思うには、もっとその体温が必要や。ただ見つめてるだけやと、これまで見てきた亡霊かと勘違いしてまうから。
いろんなことがあって離れ離れやったけど、こうして肌と肌を合わせて、俺にしか聞けへん甘い声を聞けて、俺の名前を呼んでくれるその唇の柔らかさとか、そういうことをまた積み重ねていける未来に、俺はよう思いを馳せたりしとる。

なぁ、離れてた時間、古風に文通なんかして、お前から手紙が届くのが楽しみで、いっつもすぐに返事を出しとったけど、その時の辛さは言葉には表せ ないくらいやってんで。俺らの歴史やお前が忘れていったものをいくらかき集めても、胸にぽっかりと穴が開いたみたいになっとって、その隙間を埋められへん かった。一緒におるのが当たり前やった頃が眩しくて、一人になった今の方がお前の存在を強く感じてまうねん。
物理的な距離と、心の距離、どんなに縮めようとしても、追いかけた分遠ざかっていったお前のことを恨みたくなったこともあったくらいや。

それなのに、お前が戻ってきてくれたら、その穴は埋まるどころか、スペースがたりひんようなってもうた。お前のすべてを包み込んで、どんなことから守ってやれる男の器ってどんなもんなんかな?

「なぁ、これええかげんにほかしてぇや。いつまでも置いとったら恥ずかしいやんかぁ」

照れ屋やからって、自分が書いた手紙がテーブルに置いてあるのが嫌らしい。

「別にええやんか、俺のもらったもんなんやから」
「もう、こんなもん・・・」

いきなり極太マーカーを手にとって手紙に落描きしようとするから、

「あー、それはあかんて! せめてボールペンにしてぇや」

それを止める名目でお前の腕をつかんで羽交い絞めにできるんやけど。
もう落描きだらけになった手紙の封筒たち。こんなことするから余計にしまいこめなくなっとるって、お前はわかってんのやろか。

「・・・このままベッド行こか?」
「まだ起きたばっかり・・・」

こうやって唇をふさいで黙らせることができることを、ほんまに幸せに思う。

何度抱いても、もっとほしくなる。
抱いてるつもりが、ほんまは抱かれてるからなんかもしらん。
もう一生離さないって思うてるのに、この一瞬さえも貴重に感じられて、この目で肌で、指で、お前のことを全部記憶させたい。これまでの若さと、今の情熱と、これから少しずつ老いていく過程も全部。一緒にいれない時間も目を閉じればお前を感じられるように。

俺が一度手紙の代わりに送ったCD-Rで、俺の曲をよう聴いてくれてると言うてて、少し恥ずかしいけど嬉しかった。それと同じように、俺にとったらお前の書いてくれた手紙の一つ一つと、この部屋で再会できた時に二人で書いた婚姻届けをよう読み返しとる。
一人で寝りにつく前に、ベッドサイドの引き出しからそっと取り出して、開いて見とる。綺麗な字で書かれたお前の名前、ほんまは旧姓書くとこやのにフライングして、俺の苗字に自分の名前を書いた時はほんまに大笑いした。
いつかきちんと清書しようって約束は、いつ叶えよか?仕事のことが頭を掠めるけど、そんなことはどうでもええって思ってる。けどやっぱりお前が一番やから、一人では決められへんねんな。

急に広げて見たくなって、引き出しを開けた。寝転がったまま両手を上に伸ばしてA3サイズの紙を広げた。

「ちょ、まだ取ってあったん?」

隣で驚くお前の声。すぐに取り上げようとするやろなって先読みして、その手をするりとかわしたった。書き損じたからと、一度こいつのせいでオシャカになりかけたこの紙は、丸められた時の後でくしゃくしゃになっとるのに、アイロンかけたんやぞ、俺が。

「もう嫌や、失敗したのの弱み握られとるみたいや」
「ほな、新しいの書く?」
「・・・か、書く?」

また照れて噛んどるし。
俺は婚姻届を床に投げると、愛おしい人を抱き締めた。

「俺と結婚する?」
「もう一応婚約しとるやん」
「する?」
「・・・する」

照れ笑いする顔が好きや。
ドSのくせに、たまに甘えてくるとこが好きや。
口とは裏腹に、俺の為に一生懸命なところが好きや。
こいつを構成する、すべてのものが好きや。

一つ一つの一瞬の表情を記憶に焼き付けて、永遠に生き続ける。
俺の中で一生。

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いつかまた…。

【小説】いつかまた…。 (楽曲 by 関ジャニ∞)


*************

 たばこの煙でグレーに煙るパチンコ屋で隣に並んだツレが言うた。

「昨日学食で見かけたけど、最近暗いな」
「え、俺?行ってねーけど」

 思わず右に座るツレを見て言うと、ヤツは台を見つめたまま否定した。

「違うって。お前の彼女だよ。最近うまく行ってないの?」
「別に……なんも変わりはないけど」

 俺も台に目線を戻すと、心なしか小さくなった声で返した。

 海外一人旅でのハプニングでテストを受けられなかった俺の実質留年が決まり、彼女の就職活動が本格的に忙しくなった頃、俺の浮気未遂がバレてか ら喧嘩することが増えた。気づけばもう5ヶ月以上セックスレスだ。時間が空いても顔を見るのが面倒で、パチンコして時間をつぶすようになった。

「お前、全然大学来ないじゃん。いつまで大学生でいるつもりだよ。このままじゃ来年も留年するんじゃねーの?」
「うるせーな」
「俺らが卒業しちゃったら、余計に行かなくなりそうだな。お前、一人ぼっちじゃん。俺らがいる間に少しでも単位取れよ」

 ツレが心配して言ってくれてるのはわかってる。でも彼女にこないだまで耳にタコができるほど言われ続けたことを、ツレにまで言われたくなった。

「……俺、帰るわ。残りの玉やるよ」
「おい、ちょ、待てよ!」

 引き止める声を無視してパチンコ屋を出ると、途端に蒸した暑い空気が全身を包み込み、太陽が白い肌を照りつけた。日向っていうのは、道から外れた今の俺には眩しすぎる。
 行き場をなくして部屋に帰ると、タイミング悪く彼女がいた。

「……ただいま」

 キッチンでコーヒーを入れる彼女に目を合わせないまま言うと、向こうも遠慮がちに「おかえり」と返してきた。気まずい空気の中、座布団の上にどかっと座るとタバコに火をつけた。

「タバコ吸うなら窓開けてくれない?スーツに臭いうつっちゃうから」
「開けたら暑いだろ、クーラーかけてんだから」

 さらっと流せば、何も言い返さずに話は終わるって思って言った。

「どうしてそんなに自分勝手なのっ!少しは私のことも考えてよっ」

 突然声を荒げた彼女は、がしゃんと音を立ててカップを流しに置いた。

「なに逆ギレしてんだよ」
「ずっとずっと思ってた。留年決まってからいい加減すぎるよ。一生懸命就活してた私が馬鹿みたいじゃない。大学にも行かないし、パチンコばっかり してるなら少しは家のこととかしてくれたっていいじゃない。卒論と就活とバイトでいっぱいいっぱいなのに、浮気するようなヒモみたいな彼氏のために洗濯と かって、そんなのもう、うんざりだよ」

 彼女の後姿が震えていた。小さく見えるその姿を急に抱きしめたくなって立ち上がると、彼女が小さく言った言葉に足が止まった。

「卒業してやりたいことあったよね? もう忘れちゃってる?」

 俺はレインボーブリッジとか瀬戸大橋みたいな橋が作りたかった。そうなったらきっと転勤も多くなるから早く結婚しようって話してた頃もあった。俺についてきてくれるって、そう言ってた頃もあったんだ。
 
「私ね、北海道の中学校で教員やることになったの」
「え……」

 彼女はゆっくりと振り返ると、赤くなった目で俺を真っ直ぐに見つめた。

「もう私がいなくてもいいよね?」
「お前、お前こそ俺がいなくてもいいのかよ」
「今のあなたは、弱すぎて頼りなさ過ぎるもん。私も支えてあげるには力不足だし。留年するくらいで自暴自棄になっちゃう人の気持ちを理解しように も、全然話もしようとしなかったでしょ?イライラしてすぐにベッドで発散するばっかりで。私は単なるはけ口?私が疲れてても優しい言葉一つかけてくれない のに」

 普段と違って饒舌に話す彼女にあっけにとられながらも、すべてが図星だったから何も言い返せなかった。

「だから、私は私のやりたい道に進むことにした」

 溜まりに溜まってたものをすべて吐き出したのか、彼女は深く息をついた。

「……別れたいって、そういうこと?」
「自立してほしいの。ねぇ、元のあなたに戻ってよ。私が好きだった頃の……」

 最後まで言わせずに抱きしめていた。

「俺、どうかしてた。これからちゃんとするから」
「その言い訳も聞き飽きたよ。お願いだからもっと強くなって」
「俺を一人にするなよ」
「あの頃のあなたに戻ってくれたら、いつかまた会おう?」

 もうすっかり一人で決意した彼女の強い意志を感じられる口調に、俺は抱きしめた腕から力を抜いた。


 
 あれから3年がたつ。

 俺は彼女やツレが卒業した1年後に無事卒業すると、大手ゼネコンの下請けの会社に就職し、希望通りに橋を作る仕事をしていた。
 あの時わからなかったことが、今ならわかる。俺は留年したことで大手への就職が厳しくなったからって、彼女に言われたとおり自暴自棄になってたんだ。現実逃避せずに、そのことを素直に言えてたら、少しは変わってたのかもしれない。
 ……すべて今更だけど。
 
 あいつは今頃教師をしてるんだろう。生徒に舐められてないか、モンスターペアレントにいびられてないか、少し気になるけど、きっと頑張ってるだろう。

 『いつか』がいつ来るのか、俺にはわからない。だけど、その日が来ても胸を張って会えるようにやってきたつもりだ。そしてこれからも、毎日を、明日を立ち止まらずに歩いていこうと思う。
 いつか、また。笑って会える日まで。

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ズッコケ男道

【小説】ズッコケ男道 (楽曲 by 関ジャニ∞)

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 会社の人が映画のタダ券が二枚あると言うて、それを手にした俺は、その場に居合わせたお気に入りの新入社員の女の子と映画デートに行って、気分よく帰ってきたはずやった。

「何しとんねん、お前!なんであん時"送ってく"って言わへんかったんや!」

 さっきから俺は、俺に説教されとる。俺は眉間に皺を寄せて、怒鳴り散らす時のオトンの顔によう似てる。10代の頃はオカン似やったはずなんやけど、いつの間にか嫌だ嫌だと思うてたオトンの子やって自覚せざるを得ない顔になってきたようや。

「女心は察してなんぼや。素直に口に出せへんねん!駆け引きの基本やろが!ほんっまにしょーもないやっちゃなぁ、お前は!」

 酔っ払ってスナックのねえちゃんを口説いても、軽くあしらわれてまうようなオトンに似てきてる俺にこんなこと言われても、ちっとも説得力がない。

 あの子はほんまに優しい子やから、俺が送ってくって言うても、大丈夫やって笑顔で気を使うてくれたんや。あーもう、あっこでもう一度「俺が送り たいから送らせて」って言うてたら男の株も上がったんやろうけど、あんまりしつこいんもどうかなぁって引いてもうた。その方がスマートなはずやと思うたけ ど、やっぱりあっこは押すとこやったんちゃうかなぁと後悔しとった。

 はぁとため息をついて鏡の前から離れると、名誉挽回すべく、今度は携帯電話を手にとってポチポチしてみる。

 『無事に帰れた? 心配やから家に着いたらメールしてな!』

 ……送信、と。
 一応、最後まであの子を気遣う男をアピールしてみる……って、心配やったら送ってけって話やんなぁ? あー、もう、俺、ほんまになにしとんねん。

 携帯を床に投げて、そのまま仰向けになって天井を見上げとったら、ケツメの"そばにいて"の着メロが部屋に鳴り響いて、俺は慌てて跳ね起きると、携帯を開いた。

 『今、家に着きました。今日は楽しかったです!
  ありがとうございましたハート

「うわっ、ハートついとるし!」

 コレはイケてるんちゃう? あの子も俺にええ感じってことやろ? 俺は一応先輩で男やから、女の子からは誘いづらいやろし、俺が少し踏み込んでプッシュしとかな!
 両手で携帯をつかむと、意味なく咳払いをして返信をポチポチした。

 『よかったうまい!明日の夜は、送らせてな?』

 大人らしい誘い文句やろ、これは。明日も会おうって暗に言うてるし、友達以上の距離感を演出できてるはずや。
 送信すると、すぐにケツメが流れ出し、俺は期待を胸にメールを開いた。

 『すごく残念なんですけど、明日は予定があるんです涙

 会いたいのに会われへんのが残念って、泣いとるやん……なんてかわいい子なんや。ほな、ここは大人の男を見せたろかっ!

 『帰りに迎えに行くよ。一人で帰宅させるんは、やっぱり心配やから』

 そうそう、俺が車で送っていって、別れ際にこうなんねん。

 「今日は本当にありがとうございました」
 「いや、こんなことぐらい大したことやないから(余裕の顔で)」
 「少しの時間だけでも、会社の外で会えて嬉しかったです」
 「ほんまに?」
 「はい(少し照れながら)」
 「ほな、その言葉の証拠を見せてほしいな」
 「え!?(ハッとして目を丸くする)」
 「(顔を近づけて優しくチュー)」

 ……よしっ! 明日こそ、バシッとキメたろ!
 一人でガッツポーズを決めたところで、ケツメが流れた。

 『帰りはいつも迎えに来てもらってるので大丈夫ですよるんるん
  いつも気遣ってくださって、本当にいい人ですねうれしい顔

「迎えに来てもらってるんや。お嬢様なんやなぁ」

 少しがっかりしつつも、こんなメールを返してみる。

 『そうなんや~あせあせそしたら、夜に会いに行こうか?』

 厳しい家なんやな。確かに親も大事にせなあかんしな。せやけどケツメも"門限やぶり"で言うてるやん。"連れ出してあげる 夜のデート"って。よしよし、俺が大人のデートの仕方を教えてやらな。大丈夫、かわいがってあげるから。
 すぐにきた返信を開くと、俺の脳は一瞬思考停止した。

 『明日は彼氏がお泊りなんで、また別の日に遊んでくださいハート

 愛らしいハートがついとるのに。意味がわからへん。
 
「……か、彼氏!? 聞ーてへんがなっ!!!」

 何度読み返してもしっかり"彼氏"って書いてある。
 確かに彼氏がおるかどうか聞かんかったのは俺やけど、それは下心見え見えになるかもしらんって配慮の賜物やってん。せやけどむっちゃ楽しそうやったやんか。なんで、なんでこうなるん?

 『そうなんやウインクラブラブ邪魔するとこやったな!
  明日楽しんで! ほな、また月曜日会社でな~手(パー)

 俺の精一杯の返信。気分はグッド(上向き矢印)から急激にバッド(下向き矢印)や。
 がっくり来て、歯でも磨いて不貞寝したろと洗面所へ行くと、さっきとは打って変わった情けない顔をした俺と目が合うた。

「アホっ!こんなしょーもない顔しよって」

 鏡の中の俺に渇を入れてみても、はにかんだように笑う俺は泣きそうな顔をしとった。

「あの女は見る目がないだけや。次や、次っ!次行っとかな!」

 両手で頬をバチバチ音が鳴るほど叩いて俺を睨みつけると、大きく息を吸って鼻から吐き出した。

「来週の合コンがあるやんか!勝負はそこからや!」

 せやせや。だいたい社内恋愛なんか今どきナンセンスや。
 コンパやったら出会いの間口も広がるっちゅーもんや。

「大丈夫や!お前ならイケる!イケてるでぇ!」

 オトンによく似た俺が、俺を励ましとった。

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イッツマイソウル

【小説】イッツマイソウル (楽曲 by 関ジャニ∞)

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 コンパで目移りするほど可愛い子が並んでいても、ちょっといい感じになるか、付き合っても短い期間で終わってしまうことが多い。
 結婚願望が人一倍ある俺なのに、すぐに醒めてしまうのだ。なぜだろう?女友達の分析によりと、結婚願望が強いからこそ、可愛いだけじゃ物足りな いんだと言う。確かに自分との価値観の違いが見えてくると、いくら努力して肉じゃが作ってもらってもありがたみを感じなくなるし、綺麗に化粧してくれる努 力さえ、待ってることの方が苦痛になってしまったりする。
 この年になれば当たり前かもなぁ。もうお飾りの女の子の相手してるほど暇ってわけでもないし、喜びを見出すポイントが昔とは随分変わってきたような気もする。
 だからコンパにテンションがあがるのも最初だけで、今回みたいにそこそこ可愛い子が並んでるのを見ても・・・正直顔も見てるけど、態度とか行儀とかそういうところに目が行きがちになる。こんな俺ってば、まるで姑みたいだ。

「サラダ、よかったらどうぞぉ」
 正面にいたストレートヘアがさらさらな子が笑顔で皿に取り分けてくれる。
「あぁ、ありがとう」
「グラス空いてますよ。次なに飲みますか?」
 その隣のゆるやかパーマヘアがメニューを差し出してくれる。どんなコンパにも一人や二人いる気が利くタイプの子だ。
 他の子たちもそれぞれ俺の友達に気を使い、どうやらいい子ばっかりに恵まれたようだ・・・と思ったら、一番端で自分の世界を作ってる子がいるみ たいだ。こういう子もたまにいるんだ、コンパ慣れしてないで、開き直って食べに走るようなタイプ。見てる時間がもったいないくらいに思えて、視線を移そう としたその時・・・はっとした。
 なんて箸使いの綺麗な子なんだ。魚の骨に身のかけらも残さずに。まるで料理の鉄人に出てくるような玄人料理批評家なみだ。俺が釣った魚を余すこ となく大切に食べて、もしかしたら骨を素揚げして骨せんべいにまでして平らげてくれる姿が頭に浮かんでくる。育ちがいいのかもしれない。
 トイレに立つ振りをして、彼女の隣にさりげなく座ってみると、俺をちらっと一瞥、特に興味もないといった顔をされた。
「きみ、綺麗だね」
「は?」
「魚の食べ方さ、すっごい綺麗だよね」
「あぁ、そうですか?」
 さして話を広げる気もない、とことん気が利かない、もしくは空気が読めない子なのかもしれない。顔も正直この中だと微妙なラインだ。
 もうフェイドアウトしようかと思い始めたそのとき、彼女がぽつりと言った。
「この骨、素揚げにしてくれないかなぁ」
 ―――この瞬間、俺は自分が恋という泉に落ちる音を聞いた。


 初デートに、普通2時間も遅刻するか? しかもメールで遅れますって入って待ちぼうけさせられてる俺って・・・。
「お待たせしました!」
 後ろから声をかけられて振り返ると、待ちわびたあの子が立っていた。いつの間にか妄想の中で美化してたのか、思ってたより可愛いわけじゃない。さすがあのコンパの後に誰も興味を示してなかっただけはあるかもしれない。
「汗、すごいですね」
 そう言うくせにハンカチの一つ出てくるわけじゃない。遅くなってすみませんの一言もない。「キミを待ってて汗だくになったのに」と言ってやりたいところで、大人気ないかなと思って違うことを言ってみる。
「どこか行きたいところある?」
「あ。はい、スーパー行きたいです」
「へ?スーパー??」
「今日、特売日なんですよね~」
 初デートがスーパーって、いったい何を考えてるんだろう。そう思いつつ、一路スーパーへ向かうと、夏の暑さに負けない乾物系ばかりを選んでかごに入れていく・・・もしかして今夜は俺の為に料理作ってくれるのかと期待して「なに作るの?」って聞いてみたら、
「今日は外食だと思って考えてないです」
 って回答。少しがっかりしつつ、一緒にレジに並んだその時だった。
 ・・・はっとした。彼女のポケットから、六角形に畳まれたスーパーの袋が二つ出てきた。
「あ、袋は結構です」
 丸めて捨てるんじゃなく、縦に折りたたんで器用に縛って、それをストックしてるんだね。買い物の時、それを二つ持って行けば袋をもらわずにすむし・・・エコをここまで実践できてる同世代の子を他に知らない。
「俺、荷物持つよ」
 袋を両手に提げた俺の胸が、きゅんきゅんと音を立てている。スーパーの出口近くにあったアイスクリーム屋で立ち止まった彼女が「アイス食べた い」とつぶやけば、即座に財布を取り出して買ってあげたいと思うし、ショーウィンドウでサンダルに見惚れてたらプレゼントしたくなる。
 ああ、完璧に惚れてしまってる。この子の願いなら何でも叶えてあげたい。
「なにかあったら何でも俺に言って?」
 きょとんとした顔で俺を見上げた彼女に、またきゅんとしてしまう。
「はい、そうさせてもらいます」
「うん、ほんとにそうして?」
「わかりました」
 にこっとした顔に、俺たちの明るい未来が見えるようだった。


 明日は朝から大事なプレゼン会議の準備で、いつもより2時間早く出勤だ。風呂も入ったし、歯も磨いたし、着ていくスーツもシャツも靴下も準備した。あと はあの子のことを考えながら眠りにつくだけ・・・と思っていた深夜2時、暗くなった部屋で突然ピンク色の光を点滅させ震え出した俺の携帯!
 慌ててベッドから飛び起きて勢いよく携帯を手にしたのは、それが彼女からの返信メール以外の初めての連絡だったからだ。
 こんな時間の連絡なんて、ひょっとして「眠れなくて声が聞きたくなっちゃった」なんて甘えん坊モードに違いない。そう確信して、メールをチェックした。

 『今から渋谷に迎えに来てくれませんか?』

 ちっとも可愛げのないシンプルな一言。絵文字の一つも入ってない・・・じゃなくて、今から渋谷って、俺ん家、浅草なのに、あの子ん家、世田谷で逆方向だし、しかも2時って・・・終電うっかり逃したって時間じゃないだろ!
 さすがの俺も優しく「行ってあげるよ」とは言い難く、しばらく返信を躊躇っていると、またあらたなメールが届いた。

 『寝てますよね・・・他あたるんで気にしないでくださいね~』

 他って、他に行かれるのはやっぱり嫌だ。ぐっと奥歯をかみ締めて「今から行くよ」と返信し、俺は泣きそうになりながら服を着替え始めた。


 高速をぶっ飛ばし、渋谷に着いたのは2時半。我ながら最速記録だと思う。指定された東急文化村に車をつけると、俺に気づかないまま膝を抱えてしゃがみこむ彼女にゆっくりと近づき、はっと顔を上げたところで、手を差し伸べた。
「本当に来てくれたんですね」
「そりゃ来るよ。こんな時間に一人で渋谷なんて、心配するに決まってるだろ?」
 俺が女なら、もうオチるはずだ。こんなことまでしてくれる男に。しゅんとして元気がない彼女を、俺は両肩をつかんで立ち上がらせた。
「ありがとう・・・」
「さ、いいから、早く車乗って?」
「はい・・・」
 助手席に座った彼女はシートに深く身を沈め、鞄を胸に抱え込んで、ぼーっと外を眺めている。きっと友達と喧嘩でもして一人で自棄酒でも飲んでたのかもしれない。
「俺でよかったら話し聞くよ?」
「でも・・・」
「ほら、愚痴でも何でも吐き出したらすっきりするよ?」
 彼女は俺をちらっと見て、「じゃあ・・・」と切り出した。
「さっきまでラブホにいたんですけど・・・」
「ら、らぶほ!?」
「はい。いきなり今夜が最後って言われちゃって」
「・・・うん、今夜が最後って。うん・・・誰に?」
「彼氏に」
 彼氏!?彼氏なんていたのっ!?? 
 ・・・落ち着け、俺の心臓。彼氏に今夜が最後って言われたってことは・・・
「・・・別れ話ってこと?」
「はい、別れ話だったんです」
 あぁ、この子にとっては落ち込むことも、俺にはチャンス到来ってことだよな?普通はここで優しく慰めて、新しい恋が始まるっていうのが王道だ。彼女も俺にそれを期待してこんな時間に呼びつけたに決まってる。
 いいよ、俺はキミの全部を受け止めてあげられる。そのわがままなところも、天然なところも、空気が読めないところも、全部、全部。
「キミの価値がわからない男なんて、別れて正解だよ。どんなにキミが素敵な女性か、俺なら・・・」
「別れてません!別れる気なんて、さらっさらないです!」
 車の中で耳がキーンってなるくらい、彼女の声が大音量で響いた。ついでにハンドル操作を誤りそうなくらい、クラっとした俺の頭。いっそこのままガードレールに突っ込んでやろうか。
 そうこうしてるうちに、あっという間に彼女の家に着いてしまった。彼女が助手席から降りて、俺も最後にキスぐらいしなきゃ気が治まらないから、車から降りて彼女に向き合うように立った。
「あのさ、俺の考えてること、わかる?」
 俺を見上げてきょとんとし、すぐに視線を落とし、俺が羽織ってるカーディガンの裾を摘んで、彼女は言った。
「あの、お願いがあるんですけど」
「え、な、なに?」
 これは恋の急展開か?照れて視線を外し、可愛らしくキスのおねだり?いや、さすがにいきなりキスはないだろ。抱きしめてくださいって言われるのかも。
 ドキドキ震える俺の心臓。静めようにもどうにもならず、俺の両手がゆっくりと彼女の両肩へ伸びていき・・・

「ここ、虫食いで穴あいてるんで、修繕してもいいですか?」
 と、彼女は摘んだカーディガンの裾をぐいっと持ち上げて俺に見せた。
「え・・・」
 宙に浮いたまま凍りついた俺の両手。「5分で直しますから」と言う彼女。頭がフリーズしたままカーディガンを脱ぎ、それを持って家に入っていった彼女の背中をぼんやりと見つめ、頭から溢れ出した妄想で終わってしまった俺の想いが音を立てて崩れていくのを感じていた。
「なにしてんだ、俺・・・」
 時間の感覚どころか、体のどの箇所も感覚がなくなったようだ。ちょうど胸の真ん中らへん以外は。
「・・・お待たせしました」
 ハッと気づけば、目の前に彼女が立っていた。いつの間にか5分たっていたらしい。カーディガンを広げられ、促されるまま袖を通すと、その裾につけられた見慣れないものを摘んで顔に近づけて見てみた。
「それ、四葉のクローバーです。ワンポイントになるし、可愛いかと思って」
「これ、キミが縫ったの?」
「はい、お裁縫結構得意なんです」
 ただ穴を埋めるんじゃなくて、こんな短時間で刺繍みたいな小細工ができるなんて、なんて器用で繊細でセンスがあるんだろう。黒地に綺麗な緑色の クローバーがとっても映えている。それに塞ぎこんだ顔しか見てなかった今夜、こんな風に突然にっこりと微笑まれたら、可愛く見えて仕方ない。
 ・・・もう、誰がどう言おうが、この気持ちを止められない。
「ありがとう・・・」
 思わず抱きしめたら、彼女がハッと息を飲んだ気配がした。
「本当にありがとう。俺、本当に大事にするから」
 俺なりの告白の言葉だった。
「嬉しいです」
 彼女の返答を聞いて、俺はもう胸がいっぱいで、キスしようと体を離し、顔を覗きこんだ。
「そんなに喜んでもらえるなら、手抜きしないでもっと立派な刺繍にしたらよかったかも」
「・・・え?」
「本当は黒い糸が切れちゃってたんで、緑でやったんですけど、目立っちゃうから無理やりクローバーにしちゃったんです。でも他に修繕するものあったら、やりますよ。裁縫はライフワークなんで」
 ああ、嬉しいよ。キミが裁縫してる姿を想像するだけで萌えるよ。でも、俺の心は複雑で収集がつかないことをキミはまったく気づいてくれない。
「・・・破れた俺のハートを修繕してくれよ」
 そうぼやくと、彼女は小さく吹き出した。
「それは大人なんで、自分でどうにかしてください。っていうか、ハートを修繕っていくらなんでもクサすぎますよぉ!まだ若いのに」
 あぁ、もう。機関銃に撃たれるが如く穴をあけられ、傷つけられていく俺の心。なのにどうしてこんなにときめくんだろう。俺って実はドMなんだろうか。
「今夜は本当に助かりました。もうこんな時間に呼び出したりしませんから」
 彼女がしおらしく頭をさげるのを初めて見て、またきゅんとしてしまう。
「いいよ、また何かあったら、いや、何もなくても気軽に連絡して?」
「え、いいんですか?」
「うん、本当に」
「わかりました。また連絡しますね」
 おやすみなさい、と言って彼女はそのまま家に吸い込まれるように消え、ついでに灯っていた玄関の明かりまで消えてしまい、周囲は一気に暗さを増した。
 あぁ、このままキミの部屋の明かりが灯るのを眺め、それが消えて眠りについたのを見届けて、明日どんな服を選んで会社へ行くのかをここで観察し ていたい。一緒にいられるなら何時間でも待つし、アッシーでもメッシーでもかまわない。俺じゃない誰かを好きでも、いつか振り向いてくれると信じて、どこ まででも尽くせるよ。
 全身全霊かけてキミを愛してるって言えるのは、この世に俺たった一人だけってことは自信を持って言える。だからこの愛情に気づいた時、キミが喜びに咽び泣く姿がいつも浮かぶんだ。
 そう、今夜も。
 ベッドで目を閉じればそこに、キミがいるから。

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愛のかたまり

【小説】 愛のかたまり  (参考楽曲 by Kinki Kids)

「こんな時間に電車に乗ったらダメだって言ったろ? 満員電車なんて何があるかわからないんだから」
「大丈夫よ、何もなく無事についたもん」
「無事だったからよかったけど、一人なんだし、また痴漢にでもあったら・・・あんまり俺に心配かけないで」

 そう言って彼は大事な物を包み込むように、私を抱きしめた。
 先週、二人で選んで納品されたばかりのソファの上で、裕に3人は座れるサイズなのに、端の方で私を膝の上に横座りさせている。彼は意識してない だろうけど、耳元で話す囁き声は、いつだって私を甘く酔わせるから、つい目を閉じてしまう。すると見えなくなった分、私の嗅覚は彼の匂いに敏感になり、肌 はその体温を普段以上に感じ取れるようになる。

「こっち向いて」

 目を閉じたまま彼へ顔を向けると、唇同士が重なり、甘美な刺激を執拗に求め合う。
 そう、いつだって、一緒にいれない時でさえ、私は彼を求めてやまない。だから彼を想って目を閉じた時、例えそれが電車の中でも、街頭であっても、彼と似た匂いを嗅ぎ取ると自制できずに、その人に彼の面影を重ねてしまったりする。

 もっと触れて、もっと愛して。
 甘えて頬を摺り寄せてくるところも、力強く私を抱く腕力も、私にとっては"男"としか思えない。どんなに年齢が離れていても、周りからどう見られても、馬鹿馬鹿しくなるほどだ。

 もっと強く抱いて。痛みを感じるほど。
 傍にいる証明に、目を閉じていても私に夢中だと感じさせて。ずっとこれからも離さないと誓う代わりに、私の胸にたくさんの痣を残してほしい。ほんの少しでも湧き上がる不安を吹き飛ばすように、耳元で囁いてほしい。
 
 彼がいるから、私は女であれる。
 愛に溺れて、塗れて、染まっていく。彼の世界に、彼の色に。
 降り積もった雪に凍えることがないように暖めて。雪が解けてもなお、一番傍で見ていたい。

「あ、もう12時だ」

 ベッドの中で汗ばんだ体で私を抱き締めた彼が、枕元の時計を見て言った。

「帰らなきゃ、終電なくなっちゃう」

 起き上がろうとした私を、彼が慌ててねじ伏せた。

「電車はだめだって。もう今日は帰さないから」
「でも・・・」
「帰さない」

 また唇が重なって、私は流されるように目を閉じていた。
 私を過保護にして、男として守ってることを主張してくる彼がいとおしい。こうしてまた彼に抱かれ、寄り添って眠り、目覚めた朝、また愛されることが何にも変えがたい幸せだ。
 彼の前だけで見せる仕草や、彼にしか言わない甘い言葉が、自分のことも潤していく。かわいい女でいたい。女が女であり続けることで、男は男としてい続けられる。互いが互いの性を磨き合うのだ。

 この愛が絶える事ない限り、命が尽きる、その時まで。

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二人の涙雨+誰よりキミが好きだから【3】

■ Last Episode ■

 あれからあの人はどうしただろう。
 もう違う人が隣にいるのかな。もしかしたら大阪へ帰ったのかもしれない。

「また考えてたろ?」

 その声にハッと我に返ると、やさしく私を見る細められた目とぶつかった。

「ちょっとだけね」
「・・・まぁ、いいけどさ」

 彼は小さくため息をついた。
 気づけば一緒にいる存在なのに、私と彼の間に何もないことを、周りの友達は不思議に思ってるみたいだ。友達って表現より、家族とか兄弟とかって 方が近いのかもしれないと思うから、確かに単なる男友達とは違うけど、酔っ払って腕にしがみついたり、おぶってもらうことはあっても、それ以上男女の何か があるわけじゃない。
 泣き喚こうが、愚痴ろうが、詰ろうが、甘えようが、何をしても許される唯一の場所。それが私にとっての彼の存在であり、下手に恋愛関係に発展させて関係を壊すことの方が怖い。

「今日は飲み過ぎるなよ」
「わかってる」
「本当にわかってんの?一昨日、本気で重かったんだぞ、背中で大暴れして・・・」
「あー、もう、耳にタコできるっ!ごめんて、謝ったじゃーん」
「おやじさーん、こいつにお水くださーい」

 彼がカウンター越しにそんなことを言うから、私は空になった自分のグラスの代わりに、彼のグラスを奪って一気に飲み干した。

「こらっ、なにしてんだよ、飲み過ぎんなって言ったばっかだろぉ?」
「大丈夫、つぶれても見捨てない人がいるから」
「それ、それって、俺のことだろ!?」
「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん!大正解っ!」
「・・・ったく、もう」
「大丈夫だって!家近いんだし!」
「家って、お前の家じゃなくて、俺んちだろ?また泊まってく気かよ?」
「これまた大正解っ!」

 ふふふとおどけて笑って腕にしな垂れかかると、仕方なしといったように、頭をぽんぽんと強めに叩かれた。

「あのなぁ・・・」
「大丈夫っ!今日は私がコタツで寝るから!ベッドは使っていいよ」
「そうじゃなくて、あのな、一応俺、男なんだけど」
「わかってます!私も一応女です!」
「だからぁ、一応男と女なんだし、そのぉ、何か間違いが起きてもまずいだろ?」
「間違いなんて起こったことないじゃん」
「だから、今後は起きるかもしれないだろ?」

 ん? 酔った頭には、言われてる意味が複雑になっててよくわからない。

「・・・間違い、起こす気なの?」

 私の質問に、彼は何度か素早く瞬きをして「いや、そういうわけじゃないけど」と呟いた。

「なんだ、じゃあ問題ないじゃん?」
「まぁ、そうだけど・・・そうだけど、そういうことじゃなくて・・・」
「難しくてよくわかんない」
「あー、もう、なんでもないっ!」

 彼はぎゅっと目をつぶって、髪が乱れるほど頭を振ると、

「おやじさーん、俺もお代わり!次はロックで!」
「あー、人に飲み過ぎるなって言ったくせに、自分だってぇー」
「飲まないでやってられっかよ、俺の方が先に酔いつぶれっから、お前、おぶって帰れよ!」
「はぁー?無理だよ、無理無理!重たくて引きづらなきゃいけないじゃん。途中で見捨てて帰るよ」
「見捨てんのかよ!ありえねー!」
「ウソウソ、ちゃんと連れて帰るって!」
「絶対?」
「絶対!」
「・・・添い寝付き?」
「わがままなヤツだなー、めっちゃくちゃ高いよー?」
「冗談だよ、バカ。お前、寝相悪いからベッドから落とされそうだもん」
「うわー、失礼なやつ!」

 頬を膨らまして見せたら、思いっきり指でつつかれて空気が抜けた。お返しに彼の頬の皮を思いっきり引っ張ってやったら、

「イテイテイテ、引っ張りすぎだし!」
「すっごい伸びるんだもん、皮。どこまで伸びるかなーって思って」
「玩具にすんなよ、もっと愛情かけろって。俺には世話になってんから」
「はーい、いつもお世話になってます」

 ぺこりと頭を下げると、頭をくしゃくしゃっとされた。

「眉毛なくなってんぞ」
「あれっ!?取れちゃった?やだー、もっと早く言ってよぉ」

 焦ってカバンから鏡を出そうとしたら、彼に制止された。

「いいって。どうせ俺しかいないんだから」
「えー、でも、女子の身だしなみ的に・・・」
「そのままでも変わらないって。いつもと一緒!」
「嘘だぁ、眉毛あった方がかわいいでしょ? ねぇ、おやじさん?」

 カウンターでお代わりを出してくれようとしてたおやじさんに振ると、なんだかよっぽど面白い物を見てるように笑いを堪えてる。

「眉毛がなくても、いつもどおりかわいいってことですよ」

 そう言ってお代わりを彼の前に置いて目配せをしたのを目で追うと、彼はパチパチと素早く瞬きをして咳払いをした。

「まぁ、そういうことにしといてやるよ、おやじさんの顔を立てて!」

 なにそれ、とたてつこうとしたら、突然両手で頭を掴まれてシェイクされた!

「ぎゃぁー、ぐらぐらするー!やめれー!」
「お前なんか早く酔っ払ってしまえっ!」

 急速に酔いが回って訳がわからなくなる。ただ一つわかってることは、この後、私は彼におぶってもらい帰ることになるってことだけだった。 
 
***The End*** 

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二人の涙雨+誰よりキミが好きだから【2】

■ Episode 2 ■

「もう、無理・・・」

 ふと小さく聞こえた声に振り返ると、ずいぶん後ろの方で、あいつが俯いたまま立ち止まっていた。

「なにがやねん。靴ズレでもしたん?」

 人ごみで周りの目を気になる。俺は少し面倒に感じつつもあいつの近くまで歩いていくと、歩かせようと腕に手をかけた・・・途端、その手が振り払われた。

「なっ・・・」
「もう、疲れたよ」

 今度は、はっきりと聞こえた。

「疲れたって、こんなとこで立ち止まっとったら邪魔やろ?子供やないねんから・・・」
「いいよ、先に行っちゃっても」
「は?」

 こんな風にごねられたのは初めてのことで、俺は正直戸惑っていた。

「私が何も言わなかったら、気づかないで先に行っちゃってたんでしょ?」
「・・・・・・・」

 何も言い返せずに黙り込んで、気まずさに空を見上げた。
 ・・・ポツッと冷たい雫が頬に落ちて、続くように振ってきやがった。

「雨や・・・」

 俺がそう言っても、こいつは身じろぎもしない。
 周りは慌しくなり、人々はみんな駆け足で雨宿りに逃げて行き、あっという間に俺らは取り残された。

「おい、なにぼーっとしとんねん!びしょ濡れになるやんか!」
「行っていいよ、私はいいよ」
「はぁ?なに言うとんねんて!はよせな・・・」
「私の言ってる意味、わからない?」

 俺を見上げた悲しそうな目が、冗談で言ってるんじゃないと訴えていた。一瞬、俺の周りから音が消えた。その代わりに服の中まで進入してくる雨が背中を伝うので、ぞくっとしていた。

「――くんは、一人が好きなんだよ」
「なんやねん、その断定した言い方」
「間違ってたね。一人が好きなんじゃなくて、私といるのが好きじゃないだけだね」

 俺は、気まずくなって顔を逸らしていた。
 ひどい嫌味だ。確かにベタベタするのは好きじゃないから、そこまでかまってやらなかったことは事実だけど、こんな別れ話みたいな雰囲気になるなんて・・・しかもあつらえたように雨がひどくなってきて、前髪から水が滴ってコンタクトの目に入って痛んでくる。
 雨を払うのを口実に横目で見ると、こいつは俺から目を逸らすように俯いた。今にもどこかへ走って行ってしまいそうで心細くなって、抱きしめてしまおうか迷っていた。

「・・・なんでそんな嫌味言うねん」
「嫌味じゃないよ、事実だよ」
「なんで勝手に決めるねん」
「少なくとも、私にとっては・・・もう、無理なの、一緒にいられない」
「なんやそれ、まるで別れ話みたいやんか」
「・・・別れ話だよ」

 こいつの体温が恋しくなるくらい体が冷えていくのに、なんでこんなことを言われなきゃならないんだろう。俺がどんなにいい加減でも、ずっと俺だけを見て、笑顔で抱きしめてくれたのに。
 俺がいけなかったのか。いけなかったんだとしても、今更取り直すことが出来ない気がした。こいつがこんなことを口に出したぐらいだ。もう決めてしまってるんだろう。
 俺がどうこう言ってもきっと無理なんだと、どこかでわかってるのに、別れるのかと思うと恋しくて泣きたくなる。

 抱きしめたい。強く、強く、今までにないほど強く。

 だけど、これも俺の勝手なエゴになってしまうんだろう。
 俺はどんどん濡れていくのに、雨宿りできる場所はもう閉ざされてしまった。
 まるで最後の置き土産みたいだなぁと思った。この雨のせいで、仮に俺が泣いてたとしても、「雨や」と言い訳ができるように、こいつが降らせてくれたのかもしれないから。

・・・続く。

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二人の涙雨+誰よりキミが好きだから【1】

二人の涙雨+誰よりキミが好きだから (参考楽曲 by 関ジャニ∞)

■ Episode 1 ■

 人は、会えなくなっても簡単に忘れることが出来ない人が必ずいる。卒業とか転職とか、そういうのはまたいつか会えるって望みがあるし、亡くなっ た人は辛いけど、どうにもできない諦めの気持ちがあるのかもしれない。だけど、心から好きだった人との別れは、なんとも言えないものがあるんだろう。
 ことに、俺の隣をもどかしいぐらいにゆっくり歩く彼女の切なそうな顔を見ていると、なんて言葉をかけていいのか戸惑って、笑いにかえてしまいたくなるぐらいだ。
 西に傾いた日差しでオレンジ色に染まったその横顔は、俺のギャグに少しだけはにかんで、目の中に留まっていた涙がすっと一筋流れ落ちた。

「バカ・・・泣くなよ」

 やさしくするのも余計に泣かせてしまいそうな気がして、少し乱暴にその涙を手のひらで拭ってやると、彼女はやっと俺に顔を向けて笑った。

「ごめん。急に思い出しちゃってさ」

 急じゃないだろ。少し会話が途切れれば、いつだって元彼のこと考えてるくせに。

「自分で振ったくせに、いつまで引きずってんだよ。お前健全じゃないよなぁ」
「どうせもう一度やり直したいって言った方がいいって言うんでしょ?」
「だって好きなんだろ?」

 彼女は土手の石を足をまっすぐ伸ばして蹴り飛ばし、唇を尖らせて言った。

「好きだけど、実質振られたのは私の方だもん」
「それがよくわかんねーんだよなぁ。俺だったら好きだったら自分から別れようなんて絶対言わないもん」

 いつもいつもの堂々巡りだ。いくら相談に乗ったところで、気づけば振り出しの話しに戻ってしまう。別れた男との進展はなく、ついでに言えば俺との距離もちっとも縮まらない。
 もちろんふとした時に触れたり、酔っ払って繋いだした手に気まずさがない関係にはなっていっても、表向きは友情が深まっただけで、俺の本当の気持ちはますます言いづらく、心の距離は遠ざかるばかりだ。

「好きだから辛いって時もあるんだよ。これって女だけなのかなぁ?」
「そうじゃないだろ、お前だけだよ」
「だってぇ・・・」

 複雑な女心、俺にはなかなか理解できない。俺より3ヶ月先に出会った男がどんなやつだったかは、彼女の供述でしかイメージできない。だけど少な くとも俺の方がずっとずっとずーっと彼女のことを想っているって自信と、些細なことでも気軽に相談されるほど信頼できる友達だと思われてる事実が、俺の中 でどっちつかずになって首を絞めてくる。眠れない夜も多いし、急に泣きたくなることさえあるのは、時折叫びだしたいくらい『好き』が溢れてしまいそうにな るからだ。
 そう。俺は、元彼を想って泣く彼女を抱き締めることも、それほど好きな男の代わりになることも、友人関係を解消することもできず、ただ傍にいれることを選ぶ臆病者でしかない。

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三日月

小説【三日月】    (参考楽曲 by 絢香)



 三回のメール。一本の電話。彼の名前を携帯のディスプレイに見たのは、四回。そして今、彼の声を聞いている。

「今、仕事終わった」

 時計はもうじき夜中の三時を回ろうとしていた。この連休、今頃はすぐ横でぬくもりを感じながら聞けたはずの声は、そう感じさせないようにしてるんだろうけど、疲れてることが伝わってくる。

「お疲れ様。大変だったね」
「ん・・・まぁ、ちょっとな」

 今日の昼過ぎの飛行機に乗るはずだったのに、午前中に会社の同じ部署の人間が海外出張先で交通事故に合い、その対応での休日出勤。転職したばかりの彼がそれを無下にすることなんて出来るはずもなく、結果・・・・・・だいぶ前から楽しみにしてた企画はお流れになった。

「結局、課長が代理で現地入りすることになって、代休取るの難しくなった」

 9月の三週目、土日と火曜が祝休日で、月曜日に代休を取る予定だったから、今日がダメでも明日にはこっちに来れると言ってたことを、無理しないでと口で言いつつ、どれだけ楽しみにしてたか、いざ企画が流れるとなって気づかされていた。

「ごめん、行けなくなって」
「ううん、仕方ないよ、仕事だし、がっかりしてたら、なんか不謹慎だよ」

 落ち込んだ声に向かって、明るく言い返すと、電話の向こうで彼はため息をついた。

「台風で飛行機飛ばなかったら、まだ諦めもつくんだけど、思いっきり飛んでったし。俺も飛んで行きたかった」

 彼の後ろで、トラックか何かが走る音が聞こえる。会社の外に出たばかりなんだろう。

「そっちの天気はどう?」
「うん、今は曇ってるけど、ちょっとだけ月が見える」

 私も部屋の窓を開けてベランダに出ると、空を見上げた。

「こっちも月見えるよ。薄っすら雲がかかってるけど」
「同じ月見れるのに、嘘みたいに遠いな」

 その通りだと思った。本当ならばすぐ隣にいたはずだったのに、いくら手を伸ばしても触れられない。
 会いたかった。
 そう口に出してしまいそうになったのを、ぐっと飲み込んだ。

「あーあ。今夜は寝かさない予定だったのに。明日は一緒に泳ぎに行ってさ、なんかうまいもんでも食ってって、いっぱいイチャイチャしたかったのに」
「仕方ないよ」
「俺がどんだけ会いたかったかわかってる?」
「あんまりそういうこと言わないでよ。私だって・・・」

 残念だし、寂しいし、会いたくて会いたくて、それこそ泣きそうなくらい。

「・・・ごめん。余計寂しくなるな」
「ほんとだよ」

 少し膨れて言うと、彼はもう一度「ごめん」と謝った。

「そんなに謝らないでいいよ。また来月楽しみにしてるから」
「遠いなぁー」

 彼のため息につられて、私までため息を漏らしていた。
 会えると思ってた分、会いたさが募って胸をシクシクとさせる。

「ねぇ、一回だけ、言ってもいい?」
「なに?」
「すっごく会いたい」

 電話の向こうで、彼がとびきり深く息を吸う気配がした。

「バカ、俺の方が会いたいよ」

 その言葉に胸が熱くなって、一瞬で涙が沸いてきて、私は思わず奥歯を噛み締めていた。

「・・・やっぱ、言わなきゃよかった」
「ほんとだよ。どうしてくれんだよ、今夜寝れなかったら」
「ごめん」
「本気にするなよ。ほんと、俺も会いたいよ。会いたいけど、会いに行けないから余計しんどい。今夜もIKEAで買った抱き枕抱いて寝んの、お前の代わりに」
「はは、何気に活用してるんだね」
「俺がいないと、手足冷たくない?大丈夫?」
「こないだいっぱいぎゅってしてもらった分で頑張ってる」
「可愛いこと言う様になったな、お前も。ありがとな」
「今度会ったら、次の日仕事でも寝かさないからね」

 私の偉そうな言葉に、電話口で彼が笑った。そして優しい声で言った。
 
「愛してるよ」

 月夜を見上げていた私の目尻から、とうとう涙が流れた。

「私も、愛してるよ」

 沈黙が、まるで二人が抱き合っている間のようだった。
 ここに彼はいないのに、同じ月を見て、電話を通して繋がってることでかろうじて彼を感じようとしている。ぬくもりを、こんなにも欲していながら。

「・・・泣くなよ」
「泣いてないよ」

 涙を拭いながら、声を張った。

「私も、頑張るから」
「うん」
「俺も頑張るよ。次に会える時まで、蓄えとくから覚悟しとけよ」

 こうやって彼は私を笑わせようとする。だから私も彼を笑わせたいと思う。

「そっちも覚悟しといてね」
「お、言ったな!悪いけど『もうやめて』って言われても聞かないからな」

 会えない分まで、ぬくもりを貯めることができないことが歯痒く思えることがある。
 何度も交わって肌に記憶させたはずのぬくもりを、うまく思い出すことができないのは、なぜだろう。

「体力温存しとく」
「しとけよ」
「うん」
「もう泣くなよ?」
「泣かないよ」
「来月会えた時に喜んで泣くなら、泣いてもいいよ」
「大丈夫!私、結構たくましいんだから」

 彼が見てるのと同じ月を見上げている。
 彼の『愛してる』が、自分の強がる言葉が、リアルになって私を勇気付ける。
 だから、もう泣かない。
 私と同じだけの気持ちを持っている人が頑張っているように、私も頑張れるから。
 次に強く抱きしめられる時まで。




The End of "三日月"***

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